今日でイラク戦争開戦からちょうど10年。私は当時19歳でした。 暗闇の中発射されるミサイル、「実はちょっとワクワクする」と同じ大学の男の子が言ったこと、それからその数年後に20代のバックパッカーの男性が人質となり殺されたこと。そしてその時小泉元首相が言い放った「自己責...



 今日でイラク戦争開戦からちょうど10年。私は当時19歳でした。
暗闇の中発射されるミサイル、「実はちょっとワクワクする」と同じ大学の男の子が言ったこと、それからその数年後に20代のバックパッカーの男性が人質となり殺されたこと。そしてその時小泉元首相が言い放った「自己責任」という言葉の衝撃を、私は忘れません。当時見た夢で鮮明に覚えているのが、私が人質で、「いつかは絶対に終わる。必ず日本政府が迎えに来てくれる」と思いながら暗い部屋でひたすらに祈りながら待っているというものでした。1人の命を犠牲にして、国の利益を守る。それを小泉さんは遂行したわけですが、私には今もこの判断が正しかったのかはわかりません。いつかどこか違う国の人に話を聞いてみたいと思っています。ただ、あの判断が正しかったとしても私はやはり納得できないことは確かです。
 

 イラクにはもちろん行ったことはないですが、将来必ず行きたいと思っている国の1つです。バグダッド、千夜一夜、モスク、母なるチグリス川・・・。イラクはとても深い歴史を持つ国です。今や「世界で一番危ない国」として認識されているのは悲しいことです。
 私も、そう思っていました。リバーベンドというハンドルネームの私と同じくらいの年齢のイラク人女性のブログをまとめた『バグダッド・バーニング』という本を読むまでは。ここにはイラク戦争の状況、実態、それからイラク人とは一体どんな人たちなのか?ということが書かれています。彼女がシリアに亡命するまでブログのアップデートは続いていましたが、現在彼女の消息を知ることは出来ません。亡命先のシリアも泥沼の内戦に突入し、今日「科学兵器が使用された」というニュースを見ました。中東にいつか平安は訪れるのだろうか?なぜ『いつか』が実現しない気がするのだろう。

知識も中途半端で人道支援も何もしてない私がこんな風にブログを書いたりすること自体おこがましいとは思うけれど、いつかどこかに繋がることを祈ってやみません。