結構前からブログに書きたいと思っていたのに、先延ばしになっていた話題を書こうと思う。 少し前のことになるが、姉から興味深い話を聞いた。 姉が何気なくテレビを見ていたら、女芸人たちが(誰かは知らない)タイレストランでタイ料理を食べていたそうな。そこで、一言。  「女子力...

本質の対義語は“現象”だってさ。

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結構前からブログに書きたいと思っていたのに、先延ばしになっていた話題を書こうと思う。

少し前のことになるが、姉から興味深い話を聞いた。

姉が何気なくテレビを見ていたら、女芸人たちが(誰かは知らない)タイレストランでタイ料理を食べていたそうな。そこで、一言。 

「女子力、高くない?!」

姉はこの一言に激しく違和感を覚えたそうだ。「タイ料理?女子力??」 
(これが結びついたあなたはきっと女子力、上級者でしょう、ふふふ)

また別の日、彼女の知り合いの若い女の子と久しぶりに偶然再会した時のこと。姉の前髪を見て彼女はこう言ったそうだ。

「私、前髪切れないんですよ~。彼が前髪長い方が好きだって言うので~」 (しゃべり方は想像にお任せします) 

そこでまた、姉は心の底から違和感を覚えたそうだ。 そこで、ちょっと反撃を試みてみたらしい。
「だったらさ、一生好きな髪形に出来ないじゃない?」
そして放たれた次の言葉に絶句した。

「私、尽くすタイプなので~」

皆さん、この2つの例、どう感じましたか? 
私は、前者についてはなぜタイレストランに行くことが「女子力が高い」のかまったくその思考回路が理解できないのだけど、誰かこうじゃないという意見のある人はいるだろうか?

想像するに、女芸人たちは世の“女子力が高いといわれる素敵女子”たちがタイレストランにて、「今、タイレストランで女子会中~☆」なんてSNSでアップしているのを見て、「うわ、女の子らしいなー」と日ごろ感じていたのだろうか。それでタイレストラン=女子力高いと言ってしまったのだろうか。

“尽くす”発言に絶句した姉は、「いや、尽くすってそういうことでは!」と思ったのだそうだ。

そう、この二つの話、激しく本質を欠いている。この話をドイツ人が聞いたらどういう反応をするのだろうかなんて1人で想像して笑ったしまった。そもそも“女子力”をドイツ人が理解出来るか置いといて、そもそも“尽くす”という概念をドイツ人が理解出来るか置いといて、この本質を欠いた話をドイツ人は理解出来ないだろう。(“女子力”も“尽くすこと”もドイツ人が理解出来るとは到底思えないけど、またそれは別の機会に)

日本を離れて恋しいものもたくさんあるけれど、こういう謎の思考回路を持つ女性と話さなくてよくなったことは心の底から嬉しい。

「ドイツ人と日本人は似ている」と多くの日本人が思っている。真面目で勤勉、時間に正確。でも、それもすごく本質を欠いていることだと私はよく思う。結果的に“真面目で勤勉、時間に正確”な国民性になったとしても、そこまでに至るプロセス、考え方、メンタリティがまったく違うと思う。例えば、「時間に正確」ということをとっても、日本人の場合は「相手に悪いから」と相手への配慮から来るものだとしたら、ドイツ人の場合は「非効率だから」という風に。最終的に結論が一緒なだけで、メンタリティは似ても似つかないと思う。 

万が一、ドイツ人に「女子力を高めたい人」や「尽くしたいタイプの人」がいてもそれは自分がやりたいからであって、流行に乗るためや、相手のためではない気がする。それはとても大きな差だ。

本質をどこまでも追求していくドイツ人、そして現象を追及していく日本人。我々は一体どこに行くのだろうか。このタッグ、とても最強ではないかと思うけれど、絶対合わないよね~


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