ここ数日、とても温かい日が続いていたベルリン。一週間前まで平気で厚手のジャケットやタイツを着ていたのに、ここ一週間は日中はノースリーブ、夜もカーデガンがあれば平気というくらいに気温が上がっていた。昨日は雨だったにも関わらず、薄着で良かった。 今日もベルリンは雨だった。昨日の天...

ここ数日、とても温かい日が続いていたベルリン。一週間前まで平気で厚手のジャケットやタイツを着ていたのに、ここ一週間は日中はノースリーブ、夜もカーデガンがあれば平気というくらいに気温が上がっていた。昨日は雨だったにも関わらず、薄着で良かった。

今日もベルリンは雨だった。昨日の天候ことも鑑みて、ミニのワンピースを着用。ちょっと寒そうだなと思ったものの、昨日まで温かかったし、今の時期にライダースなんて着てたらおかしいよね・・・と考えの下、素足にドクターマーチン、薄手のパーカーを羽織って出勤。 

外に出て、気がついた。誰もこんな格好していない。皆薄手のコート、普通に冬の格好に戻っている。会社に行って、言われた一言。「ねぇ、寒くないの!?」もちろん、かなりびっくりした顔で。


「今の時期にライダースなんて着てたらおかしいよね・・・」と考えた私だったけれど、今日の気温であんな格好してた私がよっぽどおかしかったようだ。

しかし、日本人ならばこの感覚、わかってもらえると思う。びっくりする程の正確さで四季があり、1日に天気が変わりにくい日本は『衣替え』の日を設ける国なのだ。そして私、この衣替えの習慣が結構好きで、日本にいた頃はかなり準じていたものだ。新しい季節を迎える儀式とでも言うか。

ベルリンもメルボルンもマドリッドも、日本のように正確な四季はない。昨日まで熱いと思っても今日は極寒だったり、その逆も然り。自分で天候をチェックして、自分の体調に見合った服装をする、それがこれらの都市に住む人たちの心得だと思う。

服装なんて自分が好きな服を着ればいいと思うし、私の服装なんて露出もばんばんしてるし、他人の目なんて気にしないけど、長年染み付いた習慣や感覚って本当に抜けないんだなと再確認。
なんだかとても新鮮な驚きだったし、こっちに住んでいる以上、今後はこちら方式になるとは思うけど、日本の四季、恋しいなぁ。ベルリンなんて、いきなり夏になるし、いきなり冬になるものね。日本人のおしゃれ魂がすごいのはこういう四季の移り変わりも関係しているのかもしれないなぁと思った。そういえばシンガポールに住んでた頃、季節が変わらなすぎておしゃれへの意欲が根こそぎ削がれたもの。

日本人はこういう風に四季を大事にするんだな、ということと、日本はすべてが決められており、なかなか自分で考える必要のない社会になっているんだな~と2サイドの面を見た1日でした。 


2012年が終わろうとしていた。私は1人でクアラルンプルに来ていた。とても疲れていて、打ちひしがれていて、幸福でもなかった。これまで自分が見てきたものや、信じてきたものがまったく意味を成さないものだとわかり、途方に暮れていた。  せっかく気晴らしに旅行に来たというのに...




2012年が終わろうとしていた。私は1人でクアラルンプルに来ていた。とても疲れていて、打ちひしがれていて、幸福でもなかった。これまで自分が見てきたものや、信じてきたものがまったく意味を成さないものだとわかり、途方に暮れていた。
 せっかく気晴らしに旅行に来たというのに、喧騒と混沌のクアラルンプルで、私は何もしなかった。人との関りを絶ち、観光もせず、ただぼんやりとしていた。不愉快な湿気と大気汚染、むせ返るような不衛生な食べ物の匂い。モスクの近くにいけば、コーランの放送が聞こえてくる。咲き乱れる原色の花々に心を奪われたかと思うと、垂れ流された尿の放つアンモニア臭に鼻をつまむ。腐れかけた食べ物の匂いも幾度と無く私をうんざりさせた。大都会クアラルンプルはまだまだ発展途上にあった。中心部の一部の繁栄とは対照的に、まだまだ開発されていない場所は多い。人の目もどこか原始的な光があるように思えた。

 私はずっと人を見ていた。ごみの山の中から“食べ物”を漁る男性。かつて食べ物だったその物質は、この気温の中で腐敗しているに違いない。“Ellegant is an attitude”というフレーズが書かれた高級腕時計の看板の前でお金を乞う人。群集の無関心。とりわけ印象に残ったのは、浅黒い肌、黒い髪のマレー系マレーシア人の容姿の中に目が覚めるような青い目を持った青年。英国統治時代のこと、その血、その歴史を想像する。どういう過程を経て、この美しい青年は作られたのだろう、なんてそういうことばかりに気を取られる。もしくはミドルエイジの白人男性、そしてきっと彼の愛人であろう年若いアジア人男性。2人は幸せそうだった。私は、ツインタワーやマレーシアの発展、アジアの放つエネルギッシュさ、ましてやビジネスチャンスなどに興味はなく、そんなことにしか興味がなかった。きっと、他人は目も留めないことに違いない。  

 私の目に映るものはマレーシアの本質ではないだろう。断片すぎるし、視野が狭すぎる。そう言われるだろう。だけど、人は自分の目でしか世界を見ることができない。それは素晴らしいことでもあり、そしてやはり悲しいことだ。しかしそれを信じることができなくなったら、人はどうやって生きていけばよいのだろう?

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2014年5月27日追記
2013年1月の日記は、上記で終わっている。答えが何も見つけられなかったから、最後まで書ききることさえ出来なかったのだろうと当時を振り返る。

今なら、「あなたはあなたであって、他人が望むものを見る必要はないし、自分が見えるものを見ればいい。そして人は残念ながら、そしてあくまでいい意味で、自分の目でしか世界は見えない」と言ってやりたい。そしてそれは、今の私にも言ってやりたい言葉である。  

*泥の川の交わる場所・・・クアラルンプルの意

もうすぐクリスマスですね。皆さんどうお過ごしですか?欧州は皆、クリスマス気分で浮かれています。というか、クリスマスを過ぎると楽しみがないので、クリスマスに全力を捧げるらしい。しかし門松クリスマスリース 然 り、ドイツのクリスマスデコレーション、やっぱり残念!“洗練”とは程遠い...

もうすぐクリスマスですね。皆さんどうお過ごしですか?欧州は皆、クリスマス気分で浮かれています。というか、クリスマスを過ぎると楽しみがないので、クリスマスに全力を捧げるらしい。しかし門松クリスマスリースり、ドイツのクリスマスデコレーション、やっぱり残念!“洗練”とは程遠い国なのね。

最近、イタリア語をひたすら毎日聞いているので、一年後にはイタリア語がしゃべれるようになるんじゃないかとすら思っている。リスニングはとっても鍛えられそう。いつかはフランス語とイタリア語も話せるようになりたい!と思っていたくせに、まったく興味のないドイツ語を勉強しないといけない羽目になるなんてね・・・。人生とはわからないものですな。

私、実はなんだかんだで、一番好きな国はイタリアなのではないかと思っている。スペイン、フランス、イタリア、この3カ国は自分の中の黄金のトライアングル。イギリスブームな時もあったけど、やっぱり南欧の雰囲気が好き(なのに正反対なドイツ在住)。特にイタリアの田舎の風景を見ると、なんとも言えない気持ちになる。これは好きという気持ちでは言い表せない。もっと別の感情だと思う。人が温かそうとかそういうことより、あのなんとなく悲しくて寂しい感じが佐賀に似ているからなのかもしれない。

 最近イタリア人と話すことが多いのでいろんな話をするけど、皆口を揃えて言うのは「自分がイタリアンであることをプラウドに思う。だけど、今のイタリーには戻りたくない」ということ。「マムは恋しいけどね!」と言うところがなんともイタリア人らしい。

 日本人とイタリア人って何も共通項目がないのではないかというくらい対極の国民性だと思われがちだけれど、実は案外似ている。20歳過ぎても親と暮らすことが普通なこととか、政治がクソなところとか、ファッション命なところとか、表面、体裁へのこだわり具合とか、思考回路がドメスティックなところとか、食へのこだわりとか、本質を見失うあたりとか。日本人はドイツ人と似てると思っている人が多いけれど、実は根本のメンタリティはイタリア人と似ていると私は思う。
今のイタリアは、政治は腐敗しきっているし(やっぱりマフィアは健在のようで・・・)、今のイタリアには職がないとイタリア人たちが揃って嘆く。ジュリアス・シーザーが泣きますよ。かつての繁栄はいずこへ(それはスペインもそうだけれど)

 そんなこんなで大量のイタリア人が世界へ流失。オーストラリアもわんさかいたし、ベルリンにもわんさかいる。イタリア男ほど信用ならない人種もそうそういないけれど、それでも憎めないイタリア人たち。

 そろそろ、イタリーが呼んでるぜ!

クリスマスからは大学の時の友達が、そしてニューイヤーの時はオーストラリアで知り合ったフランス人の子がちょうどベルリンに来るというので久々の再会。大学の友達とはひたすらしゃべる。大学時代はよく遊んでたなぁとしみじみ。 いやーしかしフランス人女性 4 人はぶっちゃけし...

クリスマスからは大学の時の友達が、そしてニューイヤーの時はオーストラリアで知り合ったフランス人の子がちょうどベルリンに来るというので久々の再会。大学の友達とはひたすらしゃべる。大学時代はよく遊んでたなぁとしみじみ。


いやーしかしフランス人女性4人はぶっちゃけしんどかったー。20代半ばっていう若さも手伝って、えぇ!??みたいな自由さ、勝手さ。いい子たちだったけど、ちょっと疲れた。だからフランス人男性があんなに優しくなるんだな、そしてだから女性はさらに自由に出来るんだな。日本なんて・・・女性が心優しいものね。

先日は皆で、Zoo garten付近にあるクラブへ。普段こっち付近には行かないから興味津々。蓋を開けてみると。

ベルリンには珍しく、皆きちんとドレスアップしているではないか!そしてベルリンには珍しく夜景が見えるクラブ!まるでシンガポールのクラブのようだ!音楽も最先端のポップミュージックだ!ライトもきらきら!というかぎらぎら!
私が好きだったかと言うと。

答えは、ノン。ガキばっか。おねーさんこう見えても(欧州では私でさえ若く見える!)30歳だからガキの相手はしてられないの。でも心配は無用でした。

まったく話しかけられなかった。そもそもなんだか場違いな感じが漂ってたのだろう。それになぜかイケイケのアジア系が多かった。黒髪のストレートで、ボディコンシャスで・・・ド、ドラッグクイーンじゃないんだよね??という化粧の濃さ。ベルリン在住じゃないと思う。間違いなく旅行者。女性はかなり最先端のファッションに身を包んでいたね。でも・・・私には魅力的に思えなかった。男性たちも、だっせーと思ってしまったわ。クール!じゃないんだ。ファンキーでもないんだ。音楽も、流行の音楽が流れていて、なんかどこにでもあるクラブという感じ。ベルリンのクラブは東側にあり、というけれど本当にその通り。

しかし私よ。きっとこれが普通なんだ。メルボルンのクラブもこんな感じだったことを思い出す。私があまりにもベルリンに慣れてしまったんだな。これはもし今後違う国に住むことになったら、困るだろうなと思った。

なんて。最近は夜遊びをほぼ卒業してしまったから、ベルリンのクラブを語る資格はないのだけど。 

 その一方で、私はこういうライトが昔から好きな女の子だったことを思い出した。きれいにお化粧してドレスアップして、スノビッシュな雰囲気を漂わせ“たい”女の子だったな。少なくともそれに憧れてた。でもこういうけばけばしいライトにもう未練はないなと思った。

今は、すごくリラックスできる環境で生活出来ていることに感謝したい。あのパーティーガールとして名を馳せたケイト・モスだって最近は菜園にはまっているというし、時は流れるね。人間は年を取るね。 

ちょっと嫌なことが重なって、自分はなぜこんなにもだめな人間なんだろうと思って落ち込んでいます。久しぶりにこんなに落ち込んだ。シンガポールでメール誤送信して、大問題になった時以来(え?)。そういうこともあったな。あの時は大げさに言うともう死んでしまいたいとまで思ったけど(別に企業秘...

ちょっと嫌なことが重なって、自分はなぜこんなにもだめな人間なんだろうと思って落ち込んでいます。久しぶりにこんなに落ち込んだ。シンガポールでメール誤送信して、大問題になった時以来(え?)。そういうこともあったな。あの時は大げさに言うともう死んでしまいたいとまで思ったけど(別に企業秘密や顧客情報流失させたわけじゃないけど)、案外人は忘れるものだな。そのシンガポールの夢見たからこんなに嫌な気分なんだろうか。 

でも今日はちょっとしたことから一気にいろいろ思い出してすごく憂鬱な気分。あるよね、そういう時。こんな誰も幸せにならないブログ書いて申し訳ないけど、書いたらすっきりするかな、と思って書き始めました。

30年自分と付き合ってるけど、自分の嫌なところなんて全然なくせてないし、いやだなーとずっと思っているのに10年以上同じことで悩んで、いい加減にしろよ、私、と自分でも思う。過去から学べる人が羨ましい。でも1つだけ言えることは、自分からは人間は逃げられないということ。向き合っていくしかない、克服していくしかない。だけど、なんかもう疲れちゃってね。

初めて日本への帰国を考えた。世界で一番好きな街に暮らしているのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。世の中には完全とはないのだな。
 でも帰国して、それこそどうするつもりなの?と自分に問うてみたら、それこそ答えが出なかった。でももう私はいろんなことをしてきたし、自分の限界も見えたし、今後日本に帰ってもある意味で納得して暮らせるのかな、とも思う。心平安に暮らしたい。

でも「疲れた」からという理由ではなく、もっと前向きな理由で帰国したい。