ベルリンにも短い夏が来た。気温の変化について行けず、体調を崩している私です。先日メディカルチェックアップに行って、血液検査してもらったらやっぱり貧血と診断。昔っから貧血持ちなんだけど、最近ひどくて。特にここ1年はお肉をまったく食べてなかったことも関係してると思う。ドクターからも「...

ベルリンにも短い夏が来た。気温の変化について行けず、体調を崩している私です。先日メディカルチェックアップに行って、血液検査してもらったらやっぱり貧血と診断。昔っから貧血持ちなんだけど、最近ひどくて。特にここ1年はお肉をまったく食べてなかったことも関係してると思う。ドクターからも「せめて魚は食べなさい」と言われる。魚かぁ、ベルリンの魚、不味いんだよなぁ。とういうか、ベルリンのスーパーにはそもそも魚コーナーがない。乳製品、お肉関係は充実してるんだけど、お魚は基本的に冷凍。後は缶詰なんです。しかも酢漬けとか多い。うぅ、私、酢の物が苦手・・・・。

私はお魚は頂いている中途半端なベジタリアンだけど、なんでベジタリアンになろうと思ったの?とよく聞かれる。これにはきちんとした理由がある。そもそも犬が大好きで、彼らと接してういるうちに犬以外の動物にも命があるんだなと思い始めて、犬は食べるものではなくて、なぜ牛や豚はいいんだろうと思い出したのがきっかけだった。
食用のために生まれて、そのために生きる。そしてある日突然命を奪われて、肢体をばらばらに引き裂かれる。そしてその一部は捨てられていることだって多い。人生なんてアンフェアだと思うことばっかりだけど、そういう理不尽さや動物たちの最期の瞬間を考えるともうお肉が食べれなくなった。自分で狩りをして、動物たちの息の根を止めて、皮を剥いで血を抜いて、肉を切り刻む人にはそれを頂く権利はあるけれど、自分にはその権利はないと思った。私はスーパーで並んでいるパックに入ったお肉を買うだけだ。ここ数年ずっとお肉を食べることに罪悪感を感じてて、でも欲に負けて食べて、食べた瞬間に後悔して・・・っていうことを繰り返して、せめておいしく頂くならまだしもこんな風にお肉を頂くことは動物たちへの冒涜だと感じ、一年前に一切のお肉を食べないことに決めた。

さすがに今は率先してお肉を食べたいという欲はほとんどないけれど(そもそも年のせいもあるけど)、こういう貧血とか体調のことを考えると食べた方がいいんだろうなぁとも思う。そして疲れている時には、実際何回か食べた。昔みたいに無尽蔵にあるもののようにお肉を食べるわけではないので、食べて後悔することは昔よりは無くなった気がする。 

でも出来れば、お肉を食べないでバランスのよい食生活をなんとか送りたい。ベルリンはベジタリアン率がとても高いから、べジの料理教室にでも通おうかと検討中。あ、でも私ドイツ語話せないんだった!じゃあドイツ語教室からだな・・・とまた振り出しに戻る。あぁ。 

皆さんも体調にはお気をつけてお過ごしください!

日本で働いていても日々新たな発見やカルチャーショックは付き物だけれども、外国の企業で外国人だらけの職場で働いていると、目から鱗がぽろりと落ちることがある。 今日チーム内ミーティングで、ボスからの通達事項の一つは「病欠」について。 パワーポイントで各オフィスの病欠の割合のグラフ...

日本で働いていても日々新たな発見やカルチャーショックは付き物だけれども、外国の企業で外国人だらけの職場で働いていると、目から鱗がぽろりと落ちることがある。
今日チーム内ミーティングで、ボスからの通達事項の一つは「病欠」について。
パワーポイントで各オフィスの病欠の割合のグラフを見せられた。
「ベルリンは病欠が多すぎる!トーキョーオフィスの年間平均病欠に比べて3倍よっ!」
世界で最も多忙な東京と、世界でも最ものんびり~なベルリンと比べられても・・・という感じだったけれど、3倍はひどい。マネージメントサイドはこの病欠の割合を減らしたいそうな(当たり前だけど)。それでどうやったら病欠が減るかを皆で話し合う。が、もちろん、話し合うことでもないと皆が思っていたことは明白だった。

ドイツ人同僚「でもさ、アメリカは病欠ってペイ出ないんでしょ?ドイツは病欠でもサラリーに反映しないから、そりゃ病気の時会社に来るモチベーション違うよね」(と、ドイツのシステムはやっぱり誇らしげ)
オーストラリア人同僚「ていうかさ、このデータがそもそもナンセンスな話だよ。だって、例えば風邪引いてドクターに行ったら自分はもう明日には平気かな~なんて思っててもドイツのドクターは『だめだめ!一週間は休みなさい』って言う。ドクターストップがかかってんのにどうやって会社に行くのさ?オーストラリアのドクターは絶対そんなこと言わないよ。そういう状況でこのデータを出すのは間違ってるよ」 などなど。
私?私は意見なんてありません。だって、私ちょっとくらい体調悪くても、やっぱり会社に行ってしまうし、病欠するとやっぱり申し訳ないなって日本人魂が出てしまうのです。長年日本で培われた習慣はなかなか抜けない。でもボスは、「そーーーーだけどーー。どうにかして病欠を減らさないと会社は回っていかないでしょう?だから今後は病欠の時はアフターケアに重点を置くことになったの、やっぱりコミュニケーションが大事よね。上司とのコミュニケーションで解決出来る部分もきっとあると思うの」と説明。皆、「はぁ?」という顔で聞いてけど、その時はそれで終了。

が一時間程経ったところで、ドイツ人同僚からメーリングリストが回ってくる。
「今日のミーティング内容について皆の意見を聞きたい。病欠という極めて個人的なことに会社は口を出すべきではないと思う。病欠以外の連絡事項についても私たちは納得していないと思うの。だから、皆の意見をまとめてボス(もしくはマネージメント)に報告しましょう」
・・・目から鱗。そもそもミーティングでのボスに対しての反論も日本ではないだろうし、ましてやこの意見書の提案!ドイツ人の同僚曰く、「最終的に何も変わらなくても、小さな力でもこうやって行動することが大事だと思う」。・・・・こういう小さいことの積み重ねが、ドイツの職場環境と日本の職場環境の違いなんだなと痛感する。日本は・・・誤解を恐れずに言うならば、虐げられることに慣れていると思う。それが普通だし、何も変えられないと思っている人が多いと思う。私だってそうだったし、今後日本に帰って働くことがあってもきっとそう思うと思う。ドイツ人は絶対に無理やりでも自分を納得させないし、迎合しないし、自分の自由を絶対に放棄しない。そういう人を受け入れる社会があるから人は自由に出来るのか、それともそういう人が多いからそういう社会が出来上がるのか。だったら日本は、そういう人を受け入れない社会があるから人は不自由なのか、それとも諦めた人が多いからそういう不自由な社会が出来上がるのか。
もちろん日本にはいいところはいっぱいあることも理解した上で言うならば、職場環境はやっぱり遅れてる。私はやっぱり日本人だから、「職場環境をよくするために案出して」と言われても、年間5週間の有給が義務付けられていて、残業はまったくなしという時点で、それ以上に望むことってあるの?と思ってしまう。誰もそんな『当たり前』の話今更してない。このテーマになると、自分がすごく後進国から来た人か、ただそこにいるだけの阿呆みたいに感じる。

もちろんドイツ人だってある程度抗議してだめだったらあきらめると思う。でもその諦めは、虐げられたまま鬱々と働いていくことではない。さっさと転職するだけの話だ。日本はここでも・・・転職回数や理由が後々仇になったりするから厄介だ。

あぁ日本。いつか日本もワークバランスが取れる日が来るのだろうか。それを変えるのはグローバリゼーションの波ではなく、案外あなたの小さな声だったりして。 

今日知り合いの女の子(20代前半もしくは半ば)の女の子とのメッセージのやり取りで、ふと自分の27歳だった頃のことを思い出した。私の27歳はまだ佐賀にいた。最近思い出がすごく美化されていたけれど、よくよく冷静に考えてみると、20代後半は常にイライラしていた気がする。特に27歳はイラ...

今日知り合いの女の子(20代前半もしくは半ば)の女の子とのメッセージのやり取りで、ふと自分の27歳だった頃のことを思い出した。私の27歳はまだ佐賀にいた。最近思い出がすごく美化されていたけれど、よくよく冷静に考えてみると、20代後半は常にイライラしていた気がする。特に27歳はイライラのピークの時で、日本を離れる決意をしたのもこの頃だった。何にイライラしていたのかもわからないくらい、全部にイライラしていた気がする。その頃の彼にもイライラ、家に住まわせてもらっていたくせに親にもイライラ、仕事にイライラ、佐賀にイライラ、そして自分に1番イライラしてたと思う。自分はこういう人生を望んでたわけじゃないというフラストレーションや、自立出来てない劣等感とか、他人と比べてなんて自分はなんてどうしようもない人生を送っているんだろうとか、今後50年こういう人生を送るのだろうかという漠然とした不安だとか、そういうのが大挙して押し寄せていた年頃だった気がする。友達に聞いても、自分もそうだったと言ってる人が何人かいたから、きっと27歳とはそういう時期なのだろうと推測する。27歳くらいが結婚適齢期と言われるのはそういう理由もあるのだろうかと思う。何かしっくり来ないなーとでも言いましょうか。と、書いてはみたものの、しっくり来ないなーと思って結婚とはするものなのか?27歳くらいで結婚した人たち、どうなんですか?男性ってどうなんだろう?そしてこの27歳の苦しみは日本だけなのか?

とここまで書いたところで思い出したけど、私の今でも愛して止まないカートさんが自分の頭を銃で打ち抜いたのも、ジミー・ヘンドリックスが自らの吐しゃ物を喉に詰らせて亡くなったのも、そしてエイミー・ワインハウスがこの世を去ったのも、そう言えば27歳だった。やっぱり、そういう歳なのだろう。  
 

3年が経って、好きなように生きてみたからかこのイライラはすっきり取れた。30歳になったことも大きい気がするけれど、もう自分に期待をすることもなくなったし、受け入れることが出来るようになってきた。そう思うことが年のせいではないとしたら、やっぱりいろんなことをやってみてよかったと思う。「自分はやれたはず」と思って生きていくのは、失敗してそれを引きずることよりつらい気がする。27歳。あの頃だってもう若くはないと思っていたけど、今考えたら27歳、なんて若いんだろう。きっとあと5年後振り返ってみたら、30歳だって十分若い筈。 

なんて。こんなメンタリティ、日本のおじさんたちに怒られそう。いや、私今まで散々怒られてきたから、もう十分ですという感じです、私。

あぁしかし、もしカート・コバーンが30歳まで生きていたら、どういう音楽を作っていたんだろう?

「錆びるより燃え尽きたい」それは彼の遺書にあった言葉。そういう人生をどれだけの人が送れるんだろうね?

7月13日(ブラジル時間)、ドイツVSアルゼンチンのファイナルゲームが行われ、ドイッチュランド24年ぶりにW杯優勝しました~! 正直言ってドイツに住んでいなかったら、完全にアルゼンチンを応援してたし、まずもってドイツが決勝に行った時点で「あーつまんない」と思ったことでしょう。...

7月13日(ブラジル時間)、ドイツVSアルゼンチンのファイナルゲームが行われ、ドイッチュランド24年ぶりにW杯優勝しました~!

正直言ってドイツに住んでいなかったら、完全にアルゼンチンを応援してたし、まずもってドイツが決勝に行った時点で「あーつまんない」と思ったことでしょう。2010年のW杯も確かドイツVSアルゼンチンの対決があって、ひたすらアルゼンチン応援してたもの。まーとにかく、祝・優勝!

私は今回ノイケルンの近所のバーで観戦してたけど、スポーツバーではなかったので、「これ、誰かが家から持ってきたよね?」というテレビだった。ほとんどのレストラン、バー(キヨスクでさえ!)がこんな感じだった。そしてテレビがないバーは、閑散。皆、歴史的瞬間を見逃すまいと食い入るようにテレビを見つめる。巨大なパブリックビューイングのあったブランデンブルグ門に行ったら違ったのだろうけど、ドイツ人歴史的ゲームなのにやっぱり大人しめ。これには再度びっくり。皆さーん、ファイナルですよ~とチアアップしたい気分にすらなった。

すごく拮抗した試合展開だったけど、前半30分アルゼンチンがまさかのゴール!!
こちらベルリン、しーーーーーーーーーーーーーーーーーーー--------ん。
誰も罵ることさえせず、ひたすら沈黙。が、判定はオフサイド。ドイツ人、息を吹き返す。 
 延長後半クローゼと交代で投入されたマリオ・ゲッツェが待望の一点!!もちろん、花火打ちあがりました。勝つよね、勝つよね!?という雰囲気があったにも関わらず、ひたすらほぼ無言で試合を見つめるドイツ人たち。が、泣きの入ったアルゼンチンの子供がテレビに映し出されると、「Oh...」みたいな感じで同情する余裕は出来ていた。 
 中継の人は、「アディショナルタイム、ツワイ ミヌーテン、ツワイミヌーテン・・・!!(2分のこと)と呪文のように唱える。が、興奮を隠しきれていなかった。 

 その長い長いツワイミヌーテンが終わり、ドイツ悲願の優勝!!!ブンダバー!!

ドイツ人たち、喜んではいたけど、やっぱり静か~。もっと喜ぼうよ!!優勝したんだから!!感情を爆発させるというより、あまりにも悲願すぎたためか「噛み締める」という表現がしっくり来る感じだった。花火ぼんぼんあがっていて爆竹の音は半ば内戦のようだったし、車のクラクションもすごかったけど。 
しかしお正月の時も思ったけど、シリアや旧ユーゴスラヴィアからの難民も多いし、花火の音はは空爆を思い出すだろうなと思うとやるせなくなる。ついこないだガザでの空爆のニュースを見たばかりだったし、たぶんそういう思いが頭をよぎったのはたぶん私だけではないと思う。 

とは言え、祝・優勝!!いや~今回のW杯は前半あまり見れなかったけど、おもしろかった~。スペインが早々に負けたことも、ブラジル戦もショッキングだったけど、ドイツが勝ってよかった。次回のワールドカップはロシアだから、欧州にまだ住んでたら行く気がする。4年、またあっと言う間なんだろうなー。

今日ブラジル人とイタリア人の同僚とこの話をしてて、「そう言えばさー、明日(7月15日)ブランデンブルグの優勝パレード行く~?」って何気なく聞いてみたら、「NO WAY! ありえない!ドイツ人たちが喜んでるの見て何が楽しいのさ?」との回答。・・・・もっと喜ぼうよ、住んでいる国なんだから!

ショッキングすぎる。あまりにもショックすぎる2014年ブラジルワールドカップ準決勝。 誰がこんな衝撃的な結末を予想しただろう。ドイツVSブラジル、まさかの7-1。試合10分間ほどは、本当に緊張がこっちにも伝わってくる試合だったのに、開始10分まさかのミュラーのゴール。友達と話し...

ショッキングすぎる。あまりにもショックすぎる2014年ブラジルワールドカップ準決勝。
誰がこんな衝撃的な結末を予想しただろう。ドイツVSブラジル、まさかの7-1。試合10分間ほどは、本当に緊張がこっちにも伝わってくる試合だったのに、開始10分まさかのミュラーのゴール。友達と話しているうちに、え?という感じで一点目。ここドイツ連邦、花火一発目が夜空に散る。結構あっさり入っちゃったね~でも開催国ブラジルがこれで終わるわけないしね、と思って見ていたら数分後まさかの2点目。スクリーンに映し出されるブラジル人サポーターの「嘘でしょ?」という呆然とした顔。花火、2発目。そして、続く3点目。私、ドイツ在住、今回ドイツを応援していたにも関わらず、この頃から呆然として試合を見守る。前半25分、まさかの4点目。もちろん花火4発目。  
2010年のワールドカップで、北朝鮮VSポルトガルの大量得点の時もそりゃー隣国北朝鮮を不憫に思ったものだけれども、今回はそれとは異次元の話だ。「サッカーの国ブラジル」そして「開催国ブラジル」が「ただ負けた」だけではなく、「7-1」で歴史的大敗を記したのだ。特別ブラジルのファンでもない私でもこれだけショックだったのだから、ブラジル人の心中はいかばかりか。これ、私がもしブラジルのサッカー大好き少年だったら、トラウマになるくらいの試合だった。まさか我らがセレソン(ブラジルのチームの愛称)が・・・日本が負けるのとはわけが違う。 
ブラジル、今晩暴動起きてないよね?選手、無事だよね?ドイツ人サポーター、暴漢に襲われてないよね?  
 前回の試合で骨折したネイマールが試合に出ていないからと言って許される失点数ですらなかったけれど、1人の存在を無くしてブラジルという国がこんなにも脆く崩壊することがショックだった。ブラジルというサッカーの国さえ、「自国開催」「優勝」という重圧に負けたことがあまりにショックだった。ブラジル人にとって悪夢のような90分間(プラスアディショナルタイム)だっただろう。さらには最後アディショナルタイムでオスカルが一点入れたのに、誰も彼の元へ駆け寄らなかったこともショックだった。すべてがショッキングすぎた。そもそも開催前から暴動が起こったりして、暗雲はすでに漂っていた大会だったけど・・・

あまりにもショックすぎて、ドイツを応援する気すらなくなった。喜ぶドイツ人に小さく聞こえないように日本語でうるせーよ!とつぶやく。インタビューを受けるミュラーに「あ、彼のドイツ語嫌い」と吐き捨てる。シュールレの顔がアングリーバードにしか見えない(ごめん)。ブランデンブルグ門(ベルリンの象徴の広場)はさぞかしうるさかったでしょう。ドイチュランドの旗がいつになく誇らしげになびいてた。いやいや、私、ドイツが勝ってうれしいのよ? 

 でもまた決勝で負けるオチじゃないでしょうね~。個人的にはオランダとの試合が見たい。でもドイツを負かすオランダは見てみたいけど、ドイツに負けるオランダは見たくないー。けどドイツ在住~ドイツに優勝はして欲しいけども~。複雑だぜ、ドイツ在住。  

**追記**主将も欠いてたね、ブラジル。ごめんなさい。
 

最近思うところがいろいろあり、しつこくブログをアップしている私です。ふふ。何を隠そう、私は小学6年生から大学を卒業するまでの10年間、日記をほぼ毎日書いていた女なのです。働き始めて時間がなくて書いてなかったけど、ミクシーに地味~にアップしていたことも含めたら相当長い間記録を残して...

最近思うところがいろいろあり、しつこくブログをアップしている私です。ふふ。何を隠そう、私は小学6年生から大学を卒業するまでの10年間、日記をほぼ毎日書いていた女なのです。働き始めて時間がなくて書いてなかったけど、ミクシーに地味~にアップしていたことも含めたら相当長い間記録を残していることになる。こないだ日本に帰った時に友達と、「日記って自分が死ぬ前に全部燃やしてしまいたいよね~」と話していたけど、私はやっぱり燃やせないと思う。さすがに思春期真っ盛りの青臭い中学生の頃の日記は恥ずかしくて読み返せないけど、それでもあの頃自分がどんな気持ちで日記帳に向かっていたかまだ覚えているから、やっぱり燃やせない。でも誰にも読んで欲しくはない!

さて、今日は七夕!皆さんはどんなお願い事をしたんでしょう?

私はここ数年、自分の幸せを願ったことがなかった。そもそも「幸せになりたい」という願望が漠然としすぎていて、好きになれなかった。自分が何が欲しくて、何を求めているのかまったくわかっていないくせに「幸せになりたい」と懇願する人の必死さが苦手だったこともあると思うけれど、例えば神社に行っても、XXが幸せになりますようにと祈るだけで、「自分が幸せになれますように」とお願いをしたことがほとんどなかった。別に大した人生を送ってきたわけではないのだけれど、自分の人生を選ぶためにいろんなものを犠牲にした気がずっとしていて、家族を含め、他人の幸せを祈るためには、自分の幸せを犠牲にする必要があるとずっと感じてた。だから、自分の残りの人生の幸せはギブアップしてもいいやとずっと思っていた。幸せの定義はいろいろあって一つに絞ることは困難だけど、自分の中のあの頃の幸せの条件の「自分の人生を選択できること」は満たしていたし、それが自分の人生の中で最優先だったので、苦しいと思うことの方が多かったけれど、納得はしていた。だから極端に言えば、それ以外の幸せは放棄してもいいと思ってた。

でも6月に日本に帰ってやっと気が付いたことは、誰もそんなことを望んでいないということ。私のこの世で最も愛する人たちは、きっと私をこの世で最も愛してくれていて、私が悲しんでいたり、苦しんでいたり、幸せでなかったりしたら、彼らの幸せも成り立たないということをやっと理解した。自分が幸せになれない上に、それを諦めても願った他人の幸せも叶わないとは本末転倒だ。    

そしてもう一つわかったことは、自分から幸せを放棄した人に幸せは訪れないということ。「彼らが幸せでいてくれるなら、自分の幸せは望まない」と祈るような気持ちでいた頃の私の日々は、それに比例する形でびっくりするほどつらかった。でもなぜかその頃、「人生を楽しんでていいねー!」とよく言われた。そういう風に言いたくなる気持ちもわかるけれど、他人の人生は他人にはわからないものだなぁとよく思ったものだ。私の人生が楽しいなら、他人の人生はどれだけ地獄なんだろう、と本当によく思ってた。言いたいことはよくわかるけれど、もうそういう風に言われることさえあの頃苦しかった。 

 もう今は、あんな風に切羽詰った気持ちで他人の幸せを祈ることや自分の幸せをを放棄する必要がないと思うと、正直に言ってほっとする。やっと心の平安が訪れた気さえする。  

そういうわけで、今自分が幸せではないと思うなら、「幸せになりたい!」と強く思い続けましょう。

なんて、当たり前のことを言って、ごめんなさい。いろいろ矛盾している気がするけど、まぁいいや。てへ。 

今日は久々に日曜休みだったので、ここ最近行けてなかった蚤の市へゴー! 今回はアルコナープラッツというところに行ってきたんだけど、その途中U7の地下鉄(U bahn/ウーバンと読む。地上を走ってる線はS bahnと言う)でコントラバスの重低音が聞こえてきた。携帯をいじるのをやめて...

今日は久々に日曜休みだったので、ここ最近行けてなかった蚤の市へゴー!
今回はアルコナープラッツというところに行ってきたんだけど、その途中U7の地下鉄(U bahn/ウーバンと読む。地上を走ってる線はS bahnと言う)でコントラバスの重低音が聞こえてきた。携帯をいじるのをやめて顔を上げてみると4人組のおじさんたちが音楽を奏で始める。トランペットとバイオリン、そしてもう1人は歌うという形で、電車の中で即席コンサートが始まる。普段は普通に会社で働いてそうな普通の人たちだったけど、陽気で楽しくなるような曲のセレクトだったので、「いい曲聞かせてくれてありがとう」という意味で、私を含め結構の人が小銭を渡していた。
 2駅くらいで彼らが下車した後は、若いスペイン語圏の人がコラソン~♪(スペイン語で心の意味)、アモール(愛の意味)、ミ・ヴィダ~(意訳:君は僕の人生そのものだ)などと、スペイン語で愛を語る上で最も欠かせないであろう言葉で切々と歌い上げる。が、残念ながら、みんな無視。ミ・コラソン~が悲しく響いたことよ。お金を払う価値があるのかないのか、ベルリーナーたちはとてもシビアだ。  
 別の日は、オーストラリアの原住民族の伝統的な楽器・ディジュリドゥをヒッピーの若者が演奏して、車両がレイブ状態。演奏が終わった瞬間、拍手、献金(と言えばいいのか?)の嵐。彼はたぶんそれで生計を立てている風だった。電車を下りる時の後姿は自信に満ちていた。
 またある日は、悲しい目をしたおじさんが、明日この世が終わるとでも言う顔でバイオリンを弾いていた。その音色はただただ悲しかった。 ベルリンは貧乏人が多いので電車の中でも物乞いに会う率が高いけれど、ただお金を請うよりも楽器でもやった方がいいだろうという考えの下、ハーモニカやアコーディオンを弾いている人ももちろん多い。あのおじさんがどんな気持ちでバイオリンを買ったんだろうかと思うと切ない。そしてどんな気持ちで音楽を奏でているのだろうかと思うとやるせない。あの時聞いた悲しいバイオリンの音が忘れられない。

 
とまぁ、人の心配してもしょうがないので、蚤の市。 
化粧の道具入れが欲しくて、古い裁縫入れが自分の好みにぴったりだなと思って探していると、こんなものを発見。


なんとも言えない気持ちになった。“1945”。この裁縫箱の持ち主だった人は、この年号をどういう気持ちで刻んだんだろう・・・。解放の喜びか敗戦の屈辱か。そうでなくても、一生忘れてはだめだと思って掘ったのだろうな。もちろん、元の持ち主の思いが強すぎる気がして、買えませんでした。

 こんな風に日常の中に、ふと第二次世界大戦のことを思い出す、もしくは考える瞬間がベルリンには少なからずあるけれど、そういう一瞬がほとんどない現在の日本にとって、第二次世界大戦なんて「いつの話?」という感じになるのも無理はないのだろうか。そりゃそんな大馬鹿野郎たちが憲法改正なんて企んじゃうよね。あれは、日本の宝物なのに。 
 

さて、北国・ドイツは昨日今日とやっと夏!!この天気が明日も続きますように! 

今日、大昔香港で知り合った友達から久しぶりにメールをもらった。どうやら9年前の今日、私は香港にいたらしい。もうあれから9年の歳月が流れたことに驚くけれど、スタンレービーチというところで、肌をこんがり焼きながらひたすら本を読んでいたことを覚えている。彼らとはそこで出会った。今回メー...

今日、大昔香港で知り合った友達から久しぶりにメールをもらった。どうやら9年前の今日、私は香港にいたらしい。もうあれから9年の歳月が流れたことに驚くけれど、スタンレービーチというところで、肌をこんがり焼きながらひたすら本を読んでいたことを覚えている。彼らとはそこで出会った。今回メールをくれた子、そして私と同じくらい陽に焼けていた女の子、それからもう1人はその女の子の恋人で体中に派手なタトゥーを入れた男の子だった。

 短い香港の滞在中、私たちは超高層ビルの間を縫うようにドライブしたり、シーフードを食べに行ったり、ビリヤードに興じたり、クラブで朝まで踊ったり、その足でそのまま朝食に飲茶を食べに行ったりして遊んだ。今なら旅先で仲良くなった人と遊びに出かけたりすることはないけれど、はっきり言ってまだ私は若かった。危機管理意識もほとんどなかったし、何も知らず、何も考えず、ただひたすらに無謀だった。 あの頃は旅先で見た景色や出会った人たちのすべてがきらきら輝いて見えた。
 
 私が初めて香港に行ったのは2004年で、中国本土への返還から10年も経っていなかった。返還の前に国外に逃げた富裕層も多かったと聞くけれど、一般の人はもちろん、“中国の一部”になった香港で生きていかざるを得ない状況だった。今後香港や自分たちの未来はどうなっていくんだろう?という不安や、それを払拭するかのような「明日なんて知らない、今を楽しまなきゃ」という刹那的なエネルギーがそこら中に満ち溢れていた時期でもあったと思う。地震大国からやって来た私には、耐震性の何も考慮されていない乱立する高層ビルたちは正気の沙汰には思えなかったし、光り輝くネオンたちは蝋燭が消える前の最後の瞬間に似てるなんて、不謹慎にも思ったものだ。 
 そういう香港の魅力にすっかりやられてしまって、恋とも呼べる情熱を持って何度も足を運んだものだった。恋とはこれまた不思議なもので、他人にとっては不快なものもむしろ喜びを持って受け入れられるものだと思う。肉屋の店先には熱帯の温度の中で異臭を放つ肉たちがぶら下がっていて、観光客はまずそれにやられてしまうけれど、私はその匂いが湿度で開いてしまった毛穴に入り込んで自分の一部になる感じさえとても好きだった。 

 私は2007年を最後に香港には行っていないので現在の香港がどうなってしまったのかわからないけれど、中国という大きな国の中の一部に取り込まれ、その姿を留めることがいかに難しいかは安易に想像出来る。香港だけではなく、私もきっと変わっただろう。いつの間にかベルリンなんて遠いところに来てしまった。そしてあの頃、まだ香港で暮らしていた友達はオーストラリアに移住してしまったし、私と同じくらい日に焼けていた女の子と全身タトゥーの男の子はもう随分前に恋人ではなくなった。私は未だにタトゥーの男の子のはにかんだ笑顔しか思い出せないけれど、その彼は3年前に自らの手で命を絶ってしまった。

香港にまた行くことがあっても、あの頃と同じ気持ちで香港を眺めることなんてもう出来ないと思うけれど、あのきらきらとした思い出をあのスタンレーのビーチで思い出すことは出来る。たぶん、それでいいのだと思う。

そういう風に世界中に思い出を散りばめながら、私はまた旅に出ます。 

ベルリン1年記念(7月2日)は、イタリア人たちと飲んでました。仕事終わりのビールはうまいっ!というより、疲れすぎて3杯でギブアップ。イタリア語にまみれながら、眠気を必死に堪えるが、午前2時にローマ帝国の話はさすがに世界史の鬼と謳われた私でさえしんどかった。そしてさらにはトピックは...

ベルリン1年記念(7月2日)は、イタリア人たちと飲んでました。仕事終わりのビールはうまいっ!というより、疲れすぎて3杯でギブアップ。イタリア語にまみれながら、眠気を必死に堪えるが、午前2時にローマ帝国の話はさすがに世界史の鬼と謳われた私でさえしんどかった。そしてさらにはトピックは「自分とは何か」的な永遠のテーマに移行する。こういう時のイタリア人はさすがだなと思う。どんだけちゃらんぽらんに見えても、自分なりの回答をやっぱり持っている。この人たちってこういう議論を思春期の頃からずっとやってきたんだろうなー。そして誰もそのことを恥ずかしいと思う人なんていなかったんだろうなー。羨ましい。 
その後、お開きムードになっていたのに関わらず、イタリア人、そこからがなげ~。店の外で一服と思いきや誰かが口笛を吹き始め、イントロクイズが始まる。平日夜中3時半だぜ。そんなことをしているうちにそれを聞きつけた近くのベルリナーたちが参戦。・・・・エンドレス。 
午前4時、やっと帰ろうとなったけれど、もう待ちきれなかった私は1人でさっさと撤退。彼らまだ話していた。イタリア人・・・どれだけ話せば気がすむんだ・・・。 


アナザ・ストーリー。本日、ブラジル人の同僚とランチを食べていた時のこと。ドイツ人ってさ、すべての選択肢をいつでも選択できるようにしてるよねという話になった。彼はそのことに激しく同意。以下、彼の経験談。
「ドイツ人と何人も付き合ったけど、本当に最悪だったよー。やつらは、自分がしたいようにするだけで他人のことなんて考えられない人が多いんだ。僕なんて、ドイツ人のボーイフレンドと付き合ってた頃、浮気されて大変だったんだから!しかも僕の誕生日に僕の親友と車の中で!それを責めた僕が逆に責められたっておかしな話じゃない?でも彼らは目の前にあるカードを選んだだけなんだよ・・・」 

って、ちょっと話し違う気がする違うけど、ひとまず、おーのー。人間とは笑顔の裏でいろんなことを経験するのね・・・強くなるのよ、フェルナンド(仮名)。 

「すべての選択肢を常に自分で選べる」それがドイツ人だとしたら、日本人はどうなんだろう?「何も選択肢がない」それとも「何の選択肢も選べない」そのどちらなんだろう。日本人にとって、人生とは選択できるものなのだろうか? 

「未来を選べ!」とは90年代の名作「トレインスポッティング」キャッチフレーズ。

未来、選んでる?
 

6月30日はドイツVSアルジェリアの試合観戦へ会社近くのアイリッシュパブへ。  母国・日本も愛するスペインももうおうちに帰ってしまったし、 一応ドイツ在住なもので今回残りの試合はドイツを応援することにしてみた。 日本はコロンビア戦を見れたけど、今回イスタンブールにいたり...

6月30日はドイツVSアルジェリアの試合観戦へ会社近くのアイリッシュパブへ。 

母国・日本も愛するスペインももうおうちに帰ってしまったし、
一応ドイツ在住なもので今回残りの試合はドイツを応援することにしてみた。

日本はコロンビア戦を見れたけど、今回イスタンブールにいたり日本にいたりでスペインの試合を1回も見れなかった。まーね、2008年から負け無しだったからそろそろ・・・という感じだったけどね。  

もともとドイツが嫌いなわけでは決してないけれど、ドイツがワールドカップだとかEUROで勝ってもなんとなく、おもしろみに欠ける気がしてならなかった今まで。 

選手の顔ぶれみてもさー。
The ドイツ人みたいな人ばっかり。スペイン人とかイタリア人チームを見たらときめくのに。 
その筆頭に、シュヴァインシュタイガーを挙げようではないか。
あの顔に、その名前! 
名前聞いただけでもうわっと思うのに(失礼)、ドイツ人の中継の人がシュヴァインシュタイガーーー!!!なんて絶叫しててあの顔が出てくると笑える(限りなく失礼) 

そして4年前から言ってるけど、ミュラーの靴下の下がってる感じが嫌。

上げて~!! 

でも監督は男前で好き♥

と、ここまで前置きを書いたところで、どれだけ盛り上げってるんだろうなーとわくわくしてパブに到着してみると、人は結構いたのに、皆穏やか~に試合を観戦。誰も浮ついておらず。 
シュートを外した時の反応とかが日本人にそっくりなことにびっくり。
私がいたパブはまさに日本の居酒屋でサッカー観戦しているサラリーマンのような反応。
ここ、ドイツですよね? 
スペイン人は、いちいちシュートを外すことに皆一斉に「うー!」と言って頭を抱えるのに。
ドイツ人、ひたすら穏やか~スペインとかイタリアで、こんな風景絶対見られない。
そのあまりの穏やかさに、私は目から鱗がぽろりという感じでしたよ。  

後半、相手チームのハンドからの絶好のチャンス到来! 
さすがに決めて~と思ってた矢先。

え? 

皆何が起こったか一瞬わからなかった。 
点は入らなかった。なぜなら、 

ミュラー、こけちゃった!! 

私、これで一気にミュラーが好きになる(単純)。そういうところ、愛しいではないか、君よ!
そうなると靴下のずり落ちもかわいく見えて・・・・来ないか。 
 
これがスペインとかイタリアなら、英語で言うFワードが飛びまくるのに、ドイツ人あくまで穏やか~
はは、そういうこともあるさ~という感じで、優しく若きミュラーを見守る。  
まー、ドイチュランドがこのステージで格下相手に負けるなんて夢にも思ってもいないから、皆余裕~ 

もちろん、最後は勝った。

そんなわけで、次回は4日。対フランス!うわ、なんておもしろいカード。
仕事してるからちゃんと見れないけど、そこは欧州。W杯中は普通にテレビ見ながら働いている。

ブンダバー!(ワンダフルの意味。この発音がアグリーすぎてまた笑える)