あの頃、よくベランダから夕日を眺めてた。 先日友達とPrenzlauerbergを歩いていたら、偶然シンガポール料理のお店を見つけた。最近シンガポールのことをなぜかすごく思い出していたので、こういうことってあるんだなぁと思いながら。 私は以前シンガポールに住んでい...

あの頃、よくベランダから夕日を眺めてた。


先日友達とPrenzlauerbergを歩いていたら、偶然シンガポール料理のお店を見つけた。最近シンガポールのことをなぜかすごく思い出していたので、こういうことってあるんだなぁと思いながら。

私は以前シンガポールに住んでいことがある。そんなに昔のことではなくて、1年半くらい前のことだ。以前ブログにも書いたことがあるけれど、私はシンガポールには何の愛情も持てなかったし、今でも別に愛情と呼べるものは持ち合わせていない。正直に言って、本当に大嫌いだった。体調を崩して、最終的にほぼ逃げるような形でシンガポールから撤退した。
 その時精神も崩壊寸前だったけれど、同じくらい顔面も崩壊していたと思う。日差しが強かったのももちろんあるけれど、この頃の写真で私がほとんどの場面でサングラスをしているのはたぶんそのためだと思う。年をとり始めた女性ならば誰でも簡単に理解出来ると思うけれど、自分の顔が驚くほどの速さで老化していく恐怖と言ったらない。まだ20代で、最後の若さの日々を存分に謳歌するべき時に、自分の崩壊した顔を鏡で見る度に涙が出てきてた。本当にナイトメア(悪夢)としか言いようがなかった。いつから自分の人生はこんなに救いようのないものになってしまったんだろうか、なぜ自分はこんなに遠いところまで来てしまったんだろうか、一体何が悪かったって言うんだろうか?何も理解出来なかった、何も受け入れることが出来なかった。自分の目で見たものが、何も信じられなくなった。そういう頭でも、もう自分の人生は取り返しのつかないくらいホープレスになってしまったんだということだけがわかった。
 幸い、シンガポールは私の国ではなく、せめて帰る場所があったことが救いだったと思う。

だから私はシンガポールのときの話はあまりしたくない。もう二度と行くこともないとも思っていた。 
今はシンガポールと対極のベルリンに住んでいることが大きいと思うけれど、最近ふとシンガポールを思い出す時がある。
正気の沙汰とは思えないマリーナベイサンズから見た宝石箱みたいな夜景や、こぼれるような原色の花たち、白亜のラッフルズホテル、一人で歩くオーチャードロードのあの寂しさ、夜のアラブストリートの水煙草の匂い、家からよく眺めてたビル群に沈む夕日、泳げない海、雨季の爆音みたいな雷の音、マレーシアとの国境近くのジャングルの名残のような緑たちの荒々しい生命力の強さ、香辛料の香り、くすんだ空、不快な虫の羽音、もしくは羽虫の死骸に群がった蟻たち、それからチャンギ空港の見送りゲート、そして紫の蘭の花。 
時々、シンガポールの断片が白昼夢のような悲しい美しさをもって私の前へ現れる。もう二度と見たくもない景色、そしてもう二度と見ることもない景色たち。

人がいつまでも同じところにいられないように、人の愛情がいつまでも同じ形を留めてはいけないように、苦しみも悲しみも永遠には続いていかないことを知る。苦しみの中にいる人に「時が解決してくれる」という言葉は何の慰めにもならないことも知っているけれど、やっぱり時は優しく流れていく。傷跡は残るけれど、痛みから解放される日はやってくる。

あれは美しい悪夢だった。今はやっとそう思う。