生きてればいろんな選択をしないといけないし、その選択が必ずしも正しいとは限らない。私には「今考えるとあれが痛恨の選択ミスだったな~」と思うことがある。2015年ももうすぐ終わりだし、この機会に書いてみようかと。 それは今から遡ることちょうど10年、2005年、私はまだ東京で大...

生きてればいろんな選択をしないといけないし、その選択が必ずしも正しいとは限らない。私には「今考えるとあれが痛恨の選択ミスだったな~」と思うことがある。2015年ももうすぐ終わりだし、この機会に書いてみようかと。

それは今から遡ることちょうど10年、2005年、私はまだ東京で大学生をやっていた。4年生だった。

その頃は大学を卒業した後に留学したいと考えていたので、東京を離れて少しの間実家に帰れば資金も“楽に”貯まるだろうという目論見の下、卒業後は都落ちを決行。実家のある九州に帰ることを選択した。少し長めのスパンで留学して、出来ればそのままそこにいたい、それがだめなら東京に戻ろう、というのが2005年時の私の計画だった。

そう、この選択がその後の私の人生を大きく変えることになろうとは本当にあの時思いもしなかった。 

資金は無事にたまって、スペインには行けたのは行けたんだけども、恋愛事情によりBack to 九州。人生計画が崩れた、とは思ったけれど、恋は盲目とはよく言ったもので。 

いろいろ思うところはあったけれども、27歳くらいまでは楽しく暮らせていた。が、27歳の時に「果たして私は本当にこれを望んでただろうか」と迷い始め、その後スーツケースに自分の人生すべて詰め混んで、オーストラリアへ逃亡。これはもうちあきなおみの“喝采”の世界ですよ・・・え?知らない?

年齢が30歳手前だったことと、恋愛事情、九州でのんびりしすぎていたこともあり、2012年から2014年までは本当につらかった。

出国したらしたで今度は「日本にいた方が自分は幸せだったのではなかろうか」と思い悩む日々が続いたものだ。人は悩みの渦中にある時は理解不能な思考になるもので、「出国しなければよかった・・・」「いや、むしろスペインから日本に帰ってきた時強行突破で東京に戻ればよかった・・・」「いやいやいや!今ならまだ間に合うかも!もういい、私、九州に帰るーーー!」なんて、迷走も迷走、かなり気の毒な状態に至ってた。とほほ 

が、冷静に振り返って見ると、諸悪の根源は10年前の選択だった。そもそも10年前の計画自体ぬるすぎるからこんなことになっちゃったんだけど、あの時帰らなければその後の葛藤は全部無くてすんだなぁ、とも思う。「楽をしたいから」という理由で人生の大事なことを決めてはいけないね。

では私はこの10年前の選択を後悔しているか? 

答えは、ノー。痛恨のミスだった、とは思うけど、後悔は別にしていない。なぜなら、自分が決めたことだし、それに今はもう自分の人生に戻ってきてる。もう取り返したから、後悔のしようがない。ただ2005年の時の選択には「プライドがない」。それだけは反省している。あとは自分がやろうとしていることへの取り掛かりがだいぶ遅れてしまったなぁ、ということぐらい。

でも、その一方で出会いや葛藤やら痛みから学ぶことは本当にたくさんあったので、ミスはミスだけど、否定はしない。ない方がよかった、とは今でも思ってないし、今後も思うことはない。

間違った選択を取り戻すのには本当に時間がかかる。だけど、取り戻せないことはない、特に若い時の失敗は。

今年の総まとめというか、ここ10年の総まとめが出来てよかった。明日で2015年も終わりだし、やっと過去を清算した気分で清々しい。

来年は、そして次の10年はどんな年になるんだろう。思った以上に10年という歳月が早くてびっくりするけど・・・

(ちあきなおみの喝采をこの世の終わりだ・・・と思ってた頃に毎日聞いてたら、友達が「これ聴いてたら癒える傷も癒えないよ!」と本気で私を止めたことは今となってはネタだね❤ てへ)




最近、ブログもあまりアップデートせず、この暮れの忙しい時期に私が何をしているかと言えば・・・ 音楽雑誌のオンライン版をひたすら読んでいる 笑。 もう2015年もあと数日で終わるので、今年はどんな年だったかな~と振り返っていたのが始まりなんだけど、「今年はずっと見たい見たい...

最近、ブログもあまりアップデートせず、この暮れの忙しい時期に私が何をしているかと言えば・・・

音楽雑誌のオンライン版をひたすら読んでいる 笑。

もう2015年もあと数日で終わるので、今年はどんな年だったかな~と振り返っていたのが始まりなんだけど、「今年はずっと見たい見たいと言い続けたLINKIN PARKを見れたのが嬉しかったなー」(って、もちろん今年の重大トピックはそれではないんだけど)となり、Mike Shinodaのあのキュートな笑顔とカリフォルニアアクセントにどんだけでも救われた、ありがとう、Mike!となり、YoutubeでMikeのインタビューを見まくって、インタビューをさらに活字でも読んでいる。

私はまったくもってアメリカンアクセントの英語を操れる女ではないのだけれど、感化されすぎてアメリカンアクセントになっていたらどうしよう。

今回のブログのテーマから脱線するけれど、よく「英語はどうやって勉強すればいい?」と聞かれるけれど(私はこの手の質問をしてくる人が苦手なんだけど)、好奇心は絶対に英語を伸ばしてくれると思う。

詳しいことはまた別の機会に書くけれど、私はひたすら自分の大好きなミュージシャン(もしくは俳優とか)のインタビューを聞いていた。私はずっとArctic MonkeysのAlex Turnerが好きだったんだけども、Alexがなんて言っているのか知りたい!イギリスのシェフィールドの訛りがわかるようになりたい!という気持ちは英語を勉強する上でとても役立ったと思う。私の英語力なんて全然大したことないし、シェフィールド訛りは今でも完璧にはわからないのが心の底から残念なんだけど。涙 

話を戻すと、そう、音楽雑誌。日本のヤフーでも調べてみると、オンラインで読める記事も結構たくさんあることを発見!そして貪るように、読み耽る。

なんだかねぇ、懐かしいなぁ。高校生の頃、Rockin'on やBridgeを買って、心の寄り所としていたことを思い出した。田舎の小娘に彼らはどれだけでも夢をくれた。恥ずかしい言い回しだけど、本当にそうだった。ミュージシャンになりたかったわけではないけど、「なんだか世界はすごくわくわくするところのようだ、このど田舎から一刻もはやく抜け出したい!」というような活力を与えてくれたのが音楽であり、音楽雑誌だった気がする。

最近は音楽をあまり聴かなくなったどころか、雑誌も読まなくなってしまっていたため、アーティストがどんなコンセプトでアルバムを作り、どのようなメッセージを込めているのかとか特に考えなくなった気がする。ただ音を聞いて「テンション上がる!」だとか「かっこいい!」とかしか思ってなかった。歌詞すらまともに読んでなかった気がする。

自分の生活全般に関することだけど、若い頃みたいに物事を突き詰めて考えなくなった。さらっと流して生きている。というか、とにかく日々サバイブすることを常に考えて生活しているからか、音楽や小説や映画の放つメッセージについて考える余裕がまったくなかった、ということに気が付いた。これは自分が20代から30代になる時にごっそり無くしてしまった部分だな、ということにも。

振り返って見ると、特にここ数年は“好奇心”というものをまったく持てていなかった。好奇心を無くした人は一気に老化してしまう。それはやっぱり本当だと思う。それはどんなに流行りの化粧をしていても、高級なクリームを塗りたくっていても。

とまぁ、かの偉大なリンキンパークのインタビューをこんな低レベルな自分の話にまで落とした自分が情けないけれど、とにかく彼らのインタビューはエネルギーとインスピレーションに満ちていて、読んでいるこちらまでわくわくして、自分も次は何をしようか?という気になった。さすが、ロックスターは人に夢を与えるね。ポジティブなエネルギーと好奇心で満たされている自分がとっても嬉しい! 

私にもう少し英語力と、そもそもの頭の良さと回転の速さがあれば、インタビュアーになりたかったなぁ!


前回引っ越ししたことをブログに書いたと思うけれど、新しい家に引っ越してきて2週間近くが経った。前回の家に多々問題があったので、今の生活はひたすら穏やか~。誰も私の生活に口を挟まないこの解放感と言ったらない。 ベルリンで家を見つけることは本当に大変なので(詳し...




前回引っ越ししたことをブログに書いたと思うけれど、新しい家に引っ越してきて2週間近くが経った。前回の家に多々問題があったので、今の生活はひたすら穏やか~。誰も私の生活に口を挟まないこの解放感と言ったらない。

ベルリンで家を見つけることは本当に大変なので(詳しくは友達が書いたブログを読んでね!Shoko_Igeta ベルリンで家探し&引っ越ししました! ) 、短期とは言え、本当にラッキーだった!

前の家は職場から5分の距離だったし、友達の紹介で入った家だったのでデポジットを払う必要がなかったことが大きなメリットだったんだけど、一緒に住んでたドイツ人が最後の辺は本当に苦痛で。家をシェアすることは、多かれ少なかれいろいろあるものだけど、とにかく家が心地いい空間ではなかった。でも、「とは言っても、職場が近いし、引っ越しをするお金がない・・・」ということが現実にあって、かつ10月はビザ問題発生で、正直11月以降にドイツにいれるかさえわからない状況だった。ビザ問題はかなりナーバスになっていたし、何度移民局から絶望して帰ったかわからない(ベルリン在住者の方なら、この気持ちはおわかりかと)。

だから運よく短期の家が見つかった時、引っ越しするかどうかは本気で迷った。引っ越したはいいけれど、すぐ日本に帰らないといけなくなった場合、いろんな人に迷惑かけるよなぁ、そもそもお金がない・・・とぐるぐる考えてみたけれど、結局出した答えはJA! (ジェイエイではないよ、ドイツ語でのイエスの意味のヤ―だよ)

半ば強行突破で引っ越した。最悪、日本に退去しなくてはいけないとしても、誰か代わりの人を見つければいいし、どうにかなる!いや、どうにかする!という感じで。

引っ越しを決めたところで、ビザ問題が解決し(解決したわけではないけど、来年まで先延ばし。また来年ビザ問題は今度こそ深刻)、日本を満喫し、エンペラーのようなドイツ人フラットメイトから解放。以前の掃除のしがいがないフラットとは打って変わって、掃除のしがいもあるし、料理も楽しくなった!毎日「おいし~♥」と言える食事の素晴らしさよ。日本から何点か器も持ってきたし、そりゃモチベーションも違うよ。

そう、要は何に対してもモチベーションが上がったということ。この1年半、「やんなきゃ~でも私にはこれをやり遂げるスキルもエネルギーもない・・・」と半ば諦めていたことが、ある日スイッチが入り、3日間で終わっただとか、とにかく自分の気持ちがまったく違う!

同じフラットに今でも住んでいるイタリア人に先日会ったら「出ていきたいけど、出ていけない~あいつ(エンペラー的存在のドイツ人のこと)もういやだ~」と言っていた。私は本当に正しい決断が出来てよかった。あの時点でNein(Noのこと)と答えていたら、私はまだ絶望して、不平ばかりのアンハッピーな人だったに違いない。年を取るごとに実感する決断の重要性。

日本だとシェアではないので引っ越しは大変だとも思うけれども、引っ越しをすることで変わることはたくさんあると思う。ちなみに前日したブログの友達は引っ越しした途端、自分がやってる革製品の展示会が決まったし(詳細はこちら→【展示&受注会のお知らせ】)、その子の友達のジャーナリストの子も最近引っ越しをして一気に仕事のオファーが続いたそう。いいな~私もあやかりたい! 

まぁ、何か画期的に一夜で革命が起きることは難しいかもしれないけれど、精神的にポジティブでいれるってことは私にとっては何にも代えられない。とにかく、自分にエネルギーが満ち溢れていて、フォースの暗黒面に堕ちる気がしない! 

2015年も残すところ後2週間強。このまま2016年を元気に迎えられるといいなー!


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最近プレンツラウアーベルグになんとか食い込んだ一角に引っ越した。昨日のベルリンは12月半ばとは思えないほど暖かくて快晴だったので、散歩がてら近所を散策することに。  つい最近までMitteのど真ん中である、Alexander広場のテレビ塔の近くに住んでいたので、自宅から...

最近プレンツラウアーベルグになんとか食い込んだ一角に引っ越した。昨日のベルリンは12月半ばとは思えないほど暖かくて快晴だったので、散歩がてら近所を散策することに。 


つい最近までMitteのど真ん中である、Alexander広場のテレビ塔の近くに住んでいたので、自宅から見えるテレビ塔の遠さになんとなく感慨深いものを感じる。

お昼の2時とは言え、4時前に日が沈むベルリンでは2時を過ぎるとすでに西日になる。丘の上に住んでいるからか、ベルリンが一望できて、ベルリンの空もこんなにも広かったのだと知った。


Gesunbrunnen駅から、Pankstrasseを抜けて歩いて見たのだけど、そこに広がるのはイスラム系の世界。トルコ系、アラブ系、それからパキスタン系に見える人たちの街。自分が一体どこにいるのかわからなくなる程だ。お店も音楽もそちらのものばかり。昔からトルコ人街と呼ばれてきたNeukollnやKreuzbergよりも、最近はこのWedding地域の方がよりイスラム人口は増えている気がする。  


ふと空を見上げてみると、Tegel空港から飛行機がひっきりなしに飛んでいた。ここは飛行場が近いんだなぁなんて思いながら、また歩いた。何も考えずにただ歩いていると、ふと友達のご両親が最近亡くなったことを思い出した。1か月前にお父さんを、そして昨日お母さんを。

2か月近くの間に両親ともを亡くした友達の心痛は計り知れない。本当に胸が痛む。

でもなんだか運命的だな、とも思ってしまった。ご両親はもう離婚されていたけれど、だからこそドラマチックでもあるというか。どういう事情で別れたのか私は知らないけれど、頭の中が空想ばかりの私はいろんなことを想像してしまう。本当に愛してたら一緒にいられる、ということもあると思うけれど、愛してるからこそ一緒にはいられなかった、ということもきっとあるんだろうなぁ。愛してるから一緒にいなくても大丈夫、ということもあるかもしれないし。

もうこの世にはいないスペイン男とフランス女の遠い遠い過去に思いを馳せる私だった。

この綿毛の写真と光の具合が儚くて好き。




上の写真は、こないだジャパニーズクリスマスマーケットに行った時に撮影したもの。

愛だねぇ・・・

夏のベルリンはキラキラして、夜遅くまで明るくて楽しいけど、冬のベルリンって寒いし、常に文句言ってるけど、きれいで好きだな。 Please check my Instagram>>  https://...

夏のベルリンはキラキラして、夜遅くまで明るくて楽しいけど、冬のベルリンって寒いし、常に文句言ってるけど、きれいで好きだな。












Please check my Instagram>> https://www.instagram.com/emiinberlin/♥♥♥ 



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虹の松原 夏場、ここを通るととてもすがすがしい。 唐津城 実際見ると小さいけど、唐津のシンボル(?) 佐賀市内にある佐賀城は佐賀の乱で燃えてしまったので、 佐賀県内にあるお城はたぶんこれだけ。 唐津城から見える風景。 なんてことない風景だけど、...


虹の松原
夏場、ここを通るととてもすがすがしい。

唐津城
実際見ると小さいけど、唐津のシンボル(?)
佐賀市内にある佐賀城は佐賀の乱で燃えてしまったので、
佐賀県内にあるお城はたぶんこれだけ。

唐津城から見える風景。
なんてことない風景だけど、愛してやまない風景。

お城を抜けて海へと続く道

最後にこに来たのは4年くらい前。その日は早起きしてひと泳ぎしたあと、朝の光を浴びながらこの海辺を歩いた。とにかく海が好きで、毎週末朝4時くらいに起きては一時間かけて唐津のビーチへ行った。ビーチで朝日を見ることが何より好きだった。その後自堕落に過ごす日曜も。

もう思い残すことはないけれど、それでもたまに唐津の海が恋しいと思うことがある。後悔ということではなくて、思い出としてこの景色は自分の中で残っていくんだろうな。

日本にはまだまだノスタルジックなお祭りがたくさんある。佐賀県西部に位置する唐津市も例外ではない。毎年11月2日になると唐津の男たちが曳山を磨き上げ、後2日のためのお祭りの準備をする。普段、穏やかな唐津はこの期間だけ熱気に包まれる。 ...









日本にはまだまだノスタルジックなお祭りがたくさんある。佐賀県西部に位置する唐津市も例外ではない。毎年11月2日になると唐津の男たちが曳山を磨き上げ、後2日のためのお祭りの準備をする。普段、穏やかな唐津はこの期間だけ熱気に包まれる。

日本人には法被が一番似合うのではないか?と疑問が沸く程、唐津の男たちには法被が似合う。子供たちはとびきりキュートで、若者は溌剌とした若さをアピールする。しかし私が一番惹かれたのは、行列の最後方にいた白髪の男性たちだ。もう何年もその法被を着ているのだろう。彼らの身に纏う法被は色褪せていた。着古された法被の醸し出す唐津の男の誇りと言ったら!

今は白髪の彼らが若い頃そうしていたように、今は曳山の上には青年たちが誇らしげに乗り、曳山を曳くティーンたちもまた誇らしげであり、そしてまたそれを見守るおじさまたちも誇らしげで。

熱い3日間の後、唐津は静かな海辺に戻る。男たちは法被を脱いで箪笥にしまい、制服かスーツもしくは作業服を着て、日常に戻る。曳山たちは展示場に眠る。パッションは体に残して。また1年後。

唐津くんち *くんち・・・お祭りのこと
http://www.karatsu-kankou.jp/feature/






11月の空が好きだ。つんとした空気と空の青みと。   佐賀のその11月の空はいくつもの熱気球が飛んでいる。もしも あなたがこの風景を見たくてこの季節にわざわざこのど田舎に来たとしよう。朝5時に起きたとしても、快晴であったとしても、風が強ければ見れないこともある。でも嘆...



11月の空が好きだ。つんとした空気と空の青みと。  

佐賀のその11月の空はいくつもの熱気球が飛んでいる。もしもあなたがこの風景を見たくてこの季節にわざわざこのど田舎に来たとしよう。朝5時に起きたとしても、快晴であったとしても、風が強ければ見れないこともある。でも嘆くことはない。あなたが財政難で鍋島の緞通や伊万里の焼き物を見に行っても買えないならば、おいしい佐賀牛や三瀬鶏を食べ脂肪を増やし、鹿島の日本酒で飲んだ暮れていれば良い。武雄の温泉か古湯の温泉で自堕落に過ごす1日も悪くない。もしくは海の方に行けば、唐津くんちのお囃子が聞こえてくる。唐津の男たちは、あなたを落胆させたりはしない。その代替え案がすべて気にいらないとしたら、あなたに「佐賀には何もない」と公言する権利を与えよう。でもそれはもはや佐賀のせいではないと言っておこう。

でもどうしても空に舞う熱気球を見たいとしたら

来年もまた来ればいい。私が小さい頃、家族と見た風景と何も変わっていないから。きっと来年も変わらず、佐賀の誇る広い空に熱気球は飛んでいる。   




佐賀インターナショナルバルーンフェスタ
http://www.sibf.jp/

先日英国人作家のカズオ・イシグロ原作の「わたしを離さないで」が日本でドラマ化されるとの記事を見つけた。映画では、キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、それからキーラ・ナイトレイの3人が演じていたけど、今回は舞台を日本に代えて、綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみの主演でド...

先日英国人作家のカズオ・イシグロ原作の「わたしを離さないで」が日本でドラマ化されるとの記事を見つけた。映画では、キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、それからキーラ・ナイトレイの3人が演じていたけど、今回は舞台を日本に代えて、綾瀬はるか、三浦春馬、水川あさみの主演でドラマ化されるらしい。

この物語の透明感だとか、救いようのない程悲しいだけに絶望的に美しい風景やそもそもカズオ・イシグロの書く英国がとにかく大好きで、映画は何回見たかわからないくらい見ている(ちなみに日本に帰国する時も飛行機で見た)。

ちょうど日本に帰った時、2013年の大河ドラマ「八重の桜」を見ていて、綾瀬はるかちゃんの演技は好きだなぁと思ってただけに、意外にもドラマは楽しみ。オンタイムで見られないのがとても残念。

いや、海外在住者の知恵を総動員してオンタイムで見るべきか。ちなみに日本の民放ドラマ、2006年放送の「嫌われ松子の一生」以来記憶にない。(大河ドラマは結構見る派)



                
      *映画*






ベルリン情報ではないけど・・・・
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10月の後半から日本に帰っていたのだけど、先日ベルリンに戻ってきた。 欧州の歴史に深い影を落とした“13日の金曜日”に起こったパリの同時多発テロの影響か、フランクフルトの空港はいつになく物々しい雰囲気だった。愛するテーゲル空港もいつもより警察官が多くいるように感じ、日本で弛緩しき...

10月の後半から日本に帰っていたのだけど、先日ベルリンに戻ってきた。 欧州の歴史に深い影を落とした“13日の金曜日”に起こったパリの同時多発テロの影響か、フランクフルトの空港はいつになく物々しい雰囲気だった。愛するテーゲル空港もいつもより警察官が多くいるように感じ、日本で弛緩しきった緊張感のスイッチをオンにする。

去年の帰国の時は人生最大に落ち込んでいて、ベルリンに帰ってきた時、自分がいるところがどこだかまったくわからなかった。夢遊病者のような気持ちで、ノイケルンの家に辿り着いたことしか覚えてない。今回の帰国では好きなものを食べ、おいしいお酒を飲み、家族と犬に癒され、友達と語らい、自分の生まれたところを飽きる程堪能して、心の底から笑ってベルリンに帰ってきた。

これでよかったな。日本に帰りたいと思うこともあったけど、これでよかったな。
(帰らないといけないことはあるかもしれないけれど) 

27歳の時の私、すべてを振り切ってオーストラリアに行ってくれてありがとう(結局振り切れてないんだけど)。去年の私、大転倒したのに、起き上がってくれてありがとう。今はそんな風に思うよ。 


帰省中のあれこれについていろいろ書きたいことがあるので、またすぐに書きます。

また1年がんばるね。これを読んでくれる人もがんばってね。




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中州の屋台 その日福岡はソフトバンクホークスの優勝をかけた試合の真っ最中で、野球中継がどこからともなく聞こえていた。観光客が多い中州の屋台とは言え、九州の方言にまみれてながら野球中継を聞いていると九州に帰ってきたな、と感じる。野球が好きだった父に連れられて、平和台球場に...

中州の屋台

その日福岡はソフトバンクホークスの優勝をかけた試合の真っ最中で、野球中継がどこからともなく聞こえていた。観光客が多い中州の屋台とは言え、九州の方言にまみれてながら野球中継を聞いていると九州に帰ってきたな、と感じる。野球が好きだった父に連れられて、平和台球場によく行ったなぁ。福岡ドームも好きだけれど、平和台球場もやっぱり懐かしい。と言っても、父は西鉄ライオンズからの西武ライオンズファンだったので、ホークスは敵だったんだけど。そういう私は野球は特に好きでもなんでもない。

まだ九州の佐賀に住んでいた頃、とにかく九州が嫌で嫌でたまらなくて、最後の方は方言を話すことすら苦痛で、何年も方言を話していなかったのだけれど、今回すらすらと方言が出てくる自分に驚く。

もう私は、ここが嫌ではないんだ、たぶん。

自分はもしかしたら、もうどこでもハッピーに暮らせるのかもしれないと思った博多の夜。


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退職した割に忙しい父と母と鰻を食べに行ってきた。 Chikugo River 筑後川  筑後川添いで育ったので、この景色が自分の故郷の風景。   富松鰻屋 セイロ蒸し。九州ではひつまぶしはあまり食べません。 鰻屋と言えば、富松鰻屋。2...

退職した割に忙しい父と母と鰻を食べに行ってきた。

Chikugo River 筑後川 
筑後川添いで育ったので、この景色が自分の故郷の風景。 


富松鰻屋

セイロ蒸し。九州ではひつまぶしはあまり食べません。

鰻屋と言えば、富松鰻屋。2年前に来た時は少し味が落ちたかな?と思ったけれど、今回は平日で混んでなかったからか、満足の味だった。

父と母の会話がおもしろくて、常に笑う。子供の知らないところではきっといろいろあった約40年だったのだろうけれど、今でも二人でクスクスつまらないことで笑ってる二人を見ると、安心する。夫婦仲がいいということは、子供にとってはどれだけでも大切なことだなと今でも思う。

鰻に集中しすぎて会話の内容はほとんど忘れてしまったけれど、父が20代の頃、船に乗ってフィリピン、香港、それから沖縄に旅行に行った時のことを話していた。「沖縄はあの頃、まだ外国だった」という言葉が印象に残っている。父が見た40年前の風景はどんな風だったんだろう。自分の今見ている風景は40年後どういう風に見えるのだろう、そんなことをぼんやりと思った。

Yame tea leafs / 八女茶
 ついでに、八女茶を仕入れに。ドイツのお水でお茶がおいしくなる方法があれば教えて欲しい。でもケトルではなく、やかんでお湯をきちんと沸かした方がお茶はおいしい気がする。ベルリンでは常にケトルを使っている。そういうひと手間を惜しまない余裕のある人になりたいものだ。

ちなみに日本のお水で髪を洗ったら、一発でサラサラに。カルキ問題はやはり深刻だと思い知る・・・。 

Full of Manga world!

ブックオフに寄り道。所狭しと並んだこの漫画の数々よ・・・。圧巻。

日本に帰ってきて早4日。1日目の羽田空港は新鮮だったけれど、ものの4日で完全に日本に慣れる。ここにいると、ヨーロッパなんて、ドイツなんて、ベルリンなんて本当に遠いところに思える。シンガポールから帰ってきた時も、去年帰ってきた時もこういう風に思ったことがなかったから自分の新しい感情に驚く。

さぁ寝なくては。まだベルリンは午後4時。やっぱり、遠いところなんだな。

27th of Oct,Keya Fukuoka, Japan When I was still in Japan, I used to go to that beach very oftenly when summers came. The sky was very ...

27th of Oct,Keya Fukuoka, Japan

When I was still in Japan, I used to go to that beach very oftenly when summers came. The sky was very clear blue and the ocean looked very calm. I loved to see sunrise from there.  I  was young, passionated and hopefull back then. 

It  was so windy and it made waves crashed after heavy rain when I went there today  few years later since I left japan. It was not same as that I loved before.  
I knew that it was just wrong day to go there but I also knew that nothing was same as before.

However I was happy to be there in spite of the fact that you were not beside me any more. It is just because that I  love that place if it comes rain or shine. Now I  finally realized that I don't need to feel that I do not have home to come back any more.

 Here I am, home sweet home.

まだ日本にいた頃、夏になるとこのビーチによく行ってた。空はとても青くて、海はとても穏やかだった。私はここから朝日を見るのが好きだった。私はまだ若くて、情熱があって、あの頃自分にはまだまだ未来しか見えなかった。  

数年ぶりに見たその海は、雨の後で荒れていて、私が好きだった風景はそこにはなかった。行く日を間違えた、それだけのことだと知っていたけれど、同時に以前と同じではないということもわかっていた。

それでもここに来れてよかった。私はこの景色が好きだったから。雨が降っていても、晴れていたとしても。 

もう私には帰るところがなくなった、と思うことはやめよう。

帰ってきたよ、home sweet home.





「女性は髪が命」と昔から言うけれど、私もその中の一人。 自分の体のパーツで自慢できるものが2つあって、それは健康な髪と歯!虫歯がないわけではないけれど、小さい頃に虫歯になったっきり20年ほどは虫歯で歯医者のお世話になった記憶がない(親不知とかメンテナンスには通っている)。 ...

「女性は髪が命」と昔から言うけれど、私もその中の一人。

自分の体のパーツで自慢できるものが2つあって、それは健康な髪と歯!虫歯がないわけではないけれど、小さい頃に虫歯になったっきり20年ほどは虫歯で歯医者のお世話になった記憶がない(親不知とかメンテナンスには通っている)。

そして今回のテーマ、『髪問題』。とにかく「髪は自分のアイデンティティ」と言えるくらい大事にしてきたもの、それが髪の毛。とにかく健康毛で、「髪綺麗だね~♥」とよく言われてた。なぜ過去形かと言うと・・・

ベルリンのお水には大量のカルキが含まれていて、ひたすら髪に悪いから。

プールに入った後、髪がパサパサギシギシになってたことがないだろうか。まさに、それ。

私の健康毛を持ってしても髪が荒れるのに皆どうやってこのカルキ地獄を生き抜いているんだろう。ちなみに私は胸を超すくらいのロング。バサバサ、ゴワゴワ、枝毛ばっかり。私の髪にこんなことがあっていい筈がない・・・!と速攻性の効果があり、経済的でとにかく簡単なケアを書いてみる。

【洗髪前】
・シャンプーの前は必ず髪を梳く 
 - これで髪の汚れの大半が落ちて、シャンプーをする際にダメージを減らす。 

・ココナッツオイルでヘアパックする
 - ココナッツオイルをポマード並にべとべと髪に塗って一時間程放置。
   そして洗い流すだけでゴワゴワが解消!

【洗髪中】
・ とにかくごしごし力任せに洗わない
・ コンディショナーをする前に一度髪の水気を取り、若干乾いた状態でコンディショナーを塗ると浸透力が違う。


【洗髪後】
・ 髪をごしごし拭かない!基本的には髪をパンパンと叩いて水分を拭き取る
・ ドライヤーをかける前まで頭にタオルを巻く。
・ 髪から15センチほど離してドライヤーをかける

以上ひと手間だけれども、やるとのやらないのでは全然違う。

以下はドイツでも日本で買えるトリートメント剤です。

ドイツが誇るWELEDA社のヘアオイル。

50mL  2,000円+税 (ドイツ国内 / 9.95 EUR )

頭皮の乾燥にも効果あり。枝毛にお悩みの方は是非!

日本人には椿オイル。
髪にも肌にもよし♥

40mL  1,100円+税

小さい時祖母がよく私の髪に塗ってくれていた。昔は臭かったけれど、今は無香料!素晴らしい。

モロッコの至宝、その名もモロカンオイル

 
100 mL
ドライヤーで乾かす前に髪に塗るタイプのトリートメント。私は今これに落ち着いている。
正式値段がわからなかったけれど、ネットだと日本円でだいたい5000円くらい、ドイツでも50EURで買えるかと(ドイツの方が高い)。

Rome is not built in a day (ローマは一日にしてならず)、美髪も一日にしてならず!

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