Uban Spreeという野外のバーで映画のスクリーニングをやると言うので行ってみたら、突然の風に吹かれて夢中で何かを探したね、ってこれ、まさかのフィールド オブ ビュー(「突然」1995)。 ではなくて、突然の嵐でスクリーニングがキャンセルになったのでそのまま飲みに行っ...

Uban Spreeという野外のバーで映画のスクリーニングをやると言うので行ってみたら、突然の風に吹かれて夢中で何かを探したね、ってこれ、まさかのフィールド オブ ビュー(「突然」1995)。

ではなくて、突然の嵐でスクリーニングがキャンセルになったのでそのまま飲みに行ったついでにオルタナティブプランでジャズを聴きに行ってみました。イケナイ葉っぱ(もしくはケミカルかも)を売りさばくディーラーたちの途切れない勧誘をすり抜けてGölizer parkの一角へ。


私はジャズを聴くタイプの女性ではないので、「ジャズを聴きにいく」というとちょっとドレスアップする印象があったのですが、ここはベルリン。もちろん皆カジュアル。そもそも演奏者自体、キューバの自宅からそのまま来たよね??というカジュアルな出で立ち。服装はおいておいても、ドラムのセッションがすごくかっこよかった!ドラマーってやっぱりかっこいい!

音楽のジャンルで言えば、私は基本的にインディーロックが1番自分にしっくり来ます。テクノの聖地・ベルリンという都市の性格上、もちろんテクノも聴きます。ロックもテクノも同じ場所から一つの方向へ向かって音を奏でるイメージですが、ジャズは全然違う場所から音を奏でているイメージというか、がちゃがちゃしてるのに最終的に一つの音楽という総体的な音がとても印象的でした。ライブだから?誰かジャズ好きな方、教えて!

さて、昨日は七夕!カシオペアというクラブのエントランスで天の川を見つけました。織姫と彦星は無事に会えたかしらー。1年に1回しか会えなくても、一生会えなくてなるよりいいのかな。私にはよくわからないな、と思った七夕でした🎋 

今年のバカンスはクロアチアに行ってました!本当にうっとりするくらい綺麗なところだった〜。 複雑で悲しい歴史を辿った国でもあるので、自分が感じたことをうまく伝えられるといいな。 ミーティング中 Splitのマーケット。お花、果物、食べ物、衣類、なんでも...


今年のバカンスはクロアチアに行ってました!本当にうっとりするくらい綺麗なところだった〜。
複雑で悲しい歴史を辿った国でもあるので、自分が感じたことをうまく伝えられるといいな。

ミーティング中
Splitのマーケット。お花、果物、食べ物、衣類、なんでもあったよ~

世界遺産のドブロブニクの旧市街。借りてたアパートメントからの眺め。最高。
旧市街は階段だらけ



ケーブルカーで丘に登ると、こんな風景が。この山を越えるとボスニア・ヘルツェゴビナ。
いつか旧ユーゴスラヴィア圏を周りたい!
水平線の向こうからはイタリーが呼んでいる!
ちなみにドブロブニクは“アドリア海の真珠”と呼ばれている。魔女の宅急便!
ロクルム島へショートトリップ。
ヨーロッパって感じの海岸線
松原を歩く。唐津みたいだな~
岩ではないビーチ。20代の頃のようにがんがん焼いたよ。
気にしない。私、やっぱり太陽っ子!


こんなに美しい場所が20年前は戦場でした。
戦争記念博物館にて。
ブーゲンビリアはなんだか生命力があって好き。情熱的で、どこか悲しい。

ドブロブニクを一望出来る丘にあった十字架。
痛みと血を知る本当の十字架
夜の小道
Gigiを発見☆
クロアチアの人たちはいつもにこにこ接客してて、ベルリンに住む私には目から鱗が出る思いでした。毎日同じことの繰り返しで飽きるだろうに、それでも笑顔でいれるって素敵だな。私も出来る限り笑顔でいたいな~と思ったのでした。

が!

ベルリンへ帰ろうと思い空港でチェックインしようとしたら、なんと予約が出来ておらず、まさかの帰れないという展開!確認書もお金も払ってるのにひどい仕打ち!ルフトハンザの航空券を取り直しましたよ、とほほ。

今返金のための交渉中。疲れる~

夏のヴァカンスが終わり、昨日ベルリンに戻ってきました。いろいろあって最高潮にいらいらしている私です。 今年のヴァカンス先はクロアチア。クロアチアでのことはまた別途アップします。そういえばドイツに来る前、やたらとユーゴスラヴィアの内戦のことが気になり、いろんな本を読ん...




夏のヴァカンスが終わり、昨日ベルリンに戻ってきました。いろいろあって最高潮にいらいらしている私です。

今年のヴァカンス先はクロアチア。クロアチアでのことはまた別途アップします。そういえばドイツに来る前、やたらとユーゴスラヴィアの内戦のことが気になり、いろんな本を読んでいた。ベルリンに来て一番最初に知り合ったのはセルビア人だったなー、とかいろいろ思い出したり。そう、今日でベルリンに引っ越して来てちょうど2年。日本にいた時も、オーストラリアもシンガポールも昨日のことのようなのに、ドイツ生活ももう2年が過ぎてしまった。

この日記を書くにあたって、去年書いたブログを読んでみた。あぁ、私はこの頃、心の底からベルリンに恋に落ちてたんだなぁ。それはそれは熱っぽい文章で。恋人に切々としたためたラブレターを数年経って読み返した気分。振り返って自分を客観視してみると、情熱ってだいぶ恥ずかしい。そうすると自分はだいぶ恥の多い人生を送ってきたことになる。生まれてきてすみません by 太宰治。でもこの頃は自分の人生の最もつらい時期で、どういう気持ちであの時ブログを書いたのか鮮明に思い出せるので、読むとなんだか泣ける。情熱的で、生きることに切羽詰ってるというか、ぎりぎりだった、生きることに。

そして盲目のラブレターから1年。

ベルリン熱もだいぶ落ち着いて、最近は「はぁ~出た出た、ベルリンアティチュード!」と憤慨することも、落胆することもうんざりすることも多い。もちろん今も好きだけれど、「一生あなたと一緒に生きていくわ、ベルリン!」とはあまりもう思わない。性格的なものだろうけれど、「私、行かなきゃ!」と思ってしまう。ベルリンにはいろんな思い出があって、一応仕事もあるし、2年住んでいるからさすがに慣れて来たし、好きなところもいっぱいあるんだけれど、それでも「私は行かなくては」と思ってしまう。どこにかわからないけれど、どこかに行かなくては!と思ってしまう。

一生同じ場所に愛情を持って住み続ける人がいる反面で、なんで自分はそんな風に思えないんだろうと苦しい時期もあったけれど、もういいんです、私。人は人、私は私ってやっと思えるようになった。日本を出てこの4年、自分は一歩も前に進めていないと思ってきたけど、「私は私」って思えるようになったことが本当に大きな一歩だったと思う。そして自分にはこの一歩がどれくらいでも大きなことだったんだなと思う。そう考えると、この4年間での出来事は本当に自分に必要だった過程だと思う。もう自分の人生に何の希望も見出せないとこの世の終わりみたいな気持ちでベルリン行きの搭乗券を握り締めてたあの日のことも、やっぱり自分にはなくてはいけないことだった。おかしな話だけれども、それは自分の財産だと思う。去年の日記には「日本を出たことが自分にとってよかったのかはまだわからない」と書いているけれど、“必要だった”。それは長い間自分が欲しかった答えだと思う。やっと答えが出て、私はすっきりしたよ、お母さん。いやはや、そう考えるとあの頃、ベルリンは私にとって唯一の希望だったよ、本当に。

現実問題、来年の今頃はまだベルリンにいると思うけれど、その先自分はどこにいるんだろう。不安とともに楽しみ。このまま一生こんなこと言ってたらそれはそれで嫌だけども。 

さて、では私はどこへ?