生きてればいろんな選択をしないといけないし、その選択が必ずしも正しいとは限らない。私には「今考えるとあれが痛恨の選択ミスだったな~」と思うことがある。2015年ももうすぐ終わりだし、この機会に書いてみようかと。 それは今から遡ることちょうど10年、2005年、私はまだ東京で大...

生きてればいろんな選択をしないといけないし、その選択が必ずしも正しいとは限らない。私には「今考えるとあれが痛恨の選択ミスだったな~」と思うことがある。2015年ももうすぐ終わりだし、この機会に書いてみようかと。

それは今から遡ることちょうど10年、2005年、私はまだ東京で大学生をやっていた。4年生だった。

その頃は大学を卒業した後に留学したいと考えていたので、東京を離れて少しの間実家に帰れば資金も“楽に”貯まるだろうという目論見の下、卒業後は都落ちを決行。実家のある九州に帰ることを選択した。少し長めのスパンで留学して、出来ればそのままそこにいたい、それがだめなら東京に戻ろう、というのが2005年時の私の計画だった。

そう、この選択がその後の私の人生を大きく変えることになろうとは本当にあの時思いもしなかった。 

資金は無事にたまって、スペインには行けたのは行けたんだけども、恋愛事情によりBack to 九州。人生計画が崩れた、とは思ったけれど、恋は盲目とはよく言ったもので。 

いろいろ思うところはあったけれども、27歳くらいまでは楽しく暮らせていた。が、27歳の時に「果たして私は本当にこれを望んでただろうか」と迷い始め、その後スーツケースに自分の人生すべて詰め混んで、オーストラリアへ逃亡。これはもうちあきなおみの“喝采”の世界ですよ・・・え?知らない?

年齢が30歳手前だったことと、恋愛事情、九州でのんびりしすぎていたこともあり、2012年から2014年までは本当につらかった。

出国したらしたで今度は「日本にいた方が自分は幸せだったのではなかろうか」と思い悩む日々が続いたものだ。人は悩みの渦中にある時は理解不能な思考になるもので、「出国しなければよかった・・・」「いや、むしろスペインから日本に帰ってきた時強行突破で東京に戻ればよかった・・・」「いやいやいや!今ならまだ間に合うかも!もういい、私、九州に帰るーーー!」なんて、迷走も迷走、かなり気の毒な状態に至ってた。とほほ 

が、冷静に振り返って見ると、諸悪の根源は10年前の選択だった。そもそも10年前の計画自体ぬるすぎるからこんなことになっちゃったんだけど、あの時帰らなければその後の葛藤は全部無くてすんだなぁ、とも思う。「楽をしたいから」という理由で人生の大事なことを決めてはいけないね。

では私はこの10年前の選択を後悔しているか? 

答えは、ノー。痛恨のミスだった、とは思うけど、後悔は別にしていない。なぜなら、自分が決めたことだし、それに今はもう自分の人生に戻ってきてる。もう取り返したから、後悔のしようがない。ただ2005年の時の選択には「プライドがない」。それだけは反省している。あとは自分がやろうとしていることへの取り掛かりがだいぶ遅れてしまったなぁ、ということぐらい。

でも、その一方で出会いや葛藤やら痛みから学ぶことは本当にたくさんあったので、ミスはミスだけど、否定はしない。ない方がよかった、とは今でも思ってないし、今後も思うことはない。

間違った選択を取り戻すのには本当に時間がかかる。だけど、取り戻せないことはない、特に若い時の失敗は。

今年の総まとめというか、ここ10年の総まとめが出来てよかった。明日で2015年も終わりだし、やっと過去を清算した気分で清々しい。

来年は、そして次の10年はどんな年になるんだろう。思った以上に10年という歳月が早くてびっくりするけど・・・

(ちあきなおみの喝采をこの世の終わりだ・・・と思ってた頃に毎日聞いてたら、友達が「これ聴いてたら癒える傷も癒えないよ!」と本気で私を止めたことは今となってはネタだね❤ てへ)




最近、ブログもあまりアップデートせず、この暮れの忙しい時期に私が何をしているかと言えば・・・ 音楽雑誌のオンライン版をひたすら読んでいる 笑。 もう2015年もあと数日で終わるので、今年はどんな年だったかな~と振り返っていたのが始まりなんだけど、「今年はずっと見たい見たい...

最近、ブログもあまりアップデートせず、この暮れの忙しい時期に私が何をしているかと言えば・・・

音楽雑誌のオンライン版をひたすら読んでいる 笑。

もう2015年もあと数日で終わるので、今年はどんな年だったかな~と振り返っていたのが始まりなんだけど、「今年はずっと見たい見たいと言い続けたLINKIN PARKを見れたのが嬉しかったなー」(って、もちろん今年の重大トピックはそれではないんだけど)となり、Mike Shinodaのあのキュートな笑顔とカリフォルニアアクセントにどんだけでも救われた、ありがとう、Mike!となり、YoutubeでMikeのインタビューを見まくって、インタビューをさらに活字でも読んでいる。

私はまったくもってアメリカンアクセントの英語を操れる女ではないのだけれど、感化されすぎてアメリカンアクセントになっていたらどうしよう。

今回のブログのテーマから脱線するけれど、よく「英語はどうやって勉強すればいい?」と聞かれるけれど(私はこの手の質問をしてくる人が苦手なんだけど)、好奇心は絶対に英語を伸ばしてくれると思う。

詳しいことはまた別の機会に書くけれど、私はひたすら自分の大好きなミュージシャン(もしくは俳優とか)のインタビューを聞いていた。私はずっとArctic MonkeysのAlex Turnerが好きだったんだけども、Alexがなんて言っているのか知りたい!イギリスのシェフィールドの訛りがわかるようになりたい!という気持ちは英語を勉強する上でとても役立ったと思う。私の英語力なんて全然大したことないし、シェフィールド訛りは今でも完璧にはわからないのが心の底から残念なんだけど。涙 

話を戻すと、そう、音楽雑誌。日本のヤフーでも調べてみると、オンラインで読める記事も結構たくさんあることを発見!そして貪るように、読み耽る。

なんだかねぇ、懐かしいなぁ。高校生の頃、Rockin'on やBridgeを買って、心の寄り所としていたことを思い出した。田舎の小娘に彼らはどれだけでも夢をくれた。恥ずかしい言い回しだけど、本当にそうだった。ミュージシャンになりたかったわけではないけど、「なんだか世界はすごくわくわくするところのようだ、このど田舎から一刻もはやく抜け出したい!」というような活力を与えてくれたのが音楽であり、音楽雑誌だった気がする。

最近は音楽をあまり聴かなくなったどころか、雑誌も読まなくなってしまっていたため、アーティストがどんなコンセプトでアルバムを作り、どのようなメッセージを込めているのかとか特に考えなくなった気がする。ただ音を聞いて「テンション上がる!」だとか「かっこいい!」とかしか思ってなかった。歌詞すらまともに読んでなかった気がする。

自分の生活全般に関することだけど、若い頃みたいに物事を突き詰めて考えなくなった。さらっと流して生きている。というか、とにかく日々サバイブすることを常に考えて生活しているからか、音楽や小説や映画の放つメッセージについて考える余裕がまったくなかった、ということに気が付いた。これは自分が20代から30代になる時にごっそり無くしてしまった部分だな、ということにも。

振り返って見ると、特にここ数年は“好奇心”というものをまったく持てていなかった。好奇心を無くした人は一気に老化してしまう。それはやっぱり本当だと思う。それはどんなに流行りの化粧をしていても、高級なクリームを塗りたくっていても。

とまぁ、かの偉大なリンキンパークのインタビューをこんな低レベルな自分の話にまで落とした自分が情けないけれど、とにかく彼らのインタビューはエネルギーとインスピレーションに満ちていて、読んでいるこちらまでわくわくして、自分も次は何をしようか?という気になった。さすが、ロックスターは人に夢を与えるね。ポジティブなエネルギーと好奇心で満たされている自分がとっても嬉しい! 

私にもう少し英語力と、そもそもの頭の良さと回転の速さがあれば、インタビュアーになりたかったなぁ!


前回引っ越ししたことをブログに書いたと思うけれど、新しい家に引っ越してきて2週間近くが経った。前回の家に多々問題があったので、今の生活はひたすら穏やか~。誰も私の生活に口を挟まないこの解放感と言ったらない。 ベルリンで家を見つけることは本当に大変なので(詳し...




前回引っ越ししたことをブログに書いたと思うけれど、新しい家に引っ越してきて2週間近くが経った。前回の家に多々問題があったので、今の生活はひたすら穏やか~。誰も私の生活に口を挟まないこの解放感と言ったらない。

ベルリンで家を見つけることは本当に大変なので(詳しくは友達が書いたブログを読んでね!Shoko_Igeta ベルリンで家探し&引っ越ししました! ) 、短期とは言え、本当にラッキーだった!

前の家は職場から5分の距離だったし、友達の紹介で入った家だったのでデポジットを払う必要がなかったことが大きなメリットだったんだけど、一緒に住んでたドイツ人が最後の辺は本当に苦痛で。家をシェアすることは、多かれ少なかれいろいろあるものだけど、とにかく家が心地いい空間ではなかった。でも、「とは言っても、職場が近いし、引っ越しをするお金がない・・・」ということが現実にあって、かつ10月はビザ問題発生で、正直11月以降にドイツにいれるかさえわからない状況だった。ビザ問題はかなりナーバスになっていたし、何度移民局から絶望して帰ったかわからない(ベルリン在住者の方なら、この気持ちはおわかりかと)。

だから運よく短期の家が見つかった時、引っ越しするかどうかは本気で迷った。引っ越したはいいけれど、すぐ日本に帰らないといけなくなった場合、いろんな人に迷惑かけるよなぁ、そもそもお金がない・・・とぐるぐる考えてみたけれど、結局出した答えはJA! (ジェイエイではないよ、ドイツ語でのイエスの意味のヤ―だよ)

半ば強行突破で引っ越した。最悪、日本に退去しなくてはいけないとしても、誰か代わりの人を見つければいいし、どうにかなる!いや、どうにかする!という感じで。

引っ越しを決めたところで、ビザ問題が解決し(解決したわけではないけど、来年まで先延ばし。また来年ビザ問題は今度こそ深刻)、日本を満喫し、エンペラーのようなドイツ人フラットメイトから解放。以前の掃除のしがいがないフラットとは打って変わって、掃除のしがいもあるし、料理も楽しくなった!毎日「おいし~♥」と言える食事の素晴らしさよ。日本から何点か器も持ってきたし、そりゃモチベーションも違うよ。

そう、要は何に対してもモチベーションが上がったということ。この1年半、「やんなきゃ~でも私にはこれをやり遂げるスキルもエネルギーもない・・・」と半ば諦めていたことが、ある日スイッチが入り、3日間で終わっただとか、とにかく自分の気持ちがまったく違う!

同じフラットに今でも住んでいるイタリア人に先日会ったら「出ていきたいけど、出ていけない~あいつ(エンペラー的存在のドイツ人のこと)もういやだ~」と言っていた。私は本当に正しい決断が出来てよかった。あの時点でNein(Noのこと)と答えていたら、私はまだ絶望して、不平ばかりのアンハッピーな人だったに違いない。年を取るごとに実感する決断の重要性。

日本だとシェアではないので引っ越しは大変だとも思うけれども、引っ越しをすることで変わることはたくさんあると思う。ちなみに前日したブログの友達は引っ越しした途端、自分がやってる革製品の展示会が決まったし(詳細はこちら→【展示&受注会のお知らせ】)、その子の友達のジャーナリストの子も最近引っ越しをして一気に仕事のオファーが続いたそう。いいな~私もあやかりたい! 

まぁ、何か画期的に一夜で革命が起きることは難しいかもしれないけれど、精神的にポジティブでいれるってことは私にとっては何にも代えられない。とにかく、自分にエネルギーが満ち溢れていて、フォースの暗黒面に堕ちる気がしない! 

2015年も残すところ後2週間強。このまま2016年を元気に迎えられるといいなー!


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最近プレンツラウアーベルグになんとか食い込んだ一角に引っ越した。昨日のベルリンは12月半ばとは思えないほど暖かくて快晴だったので、散歩がてら近所を散策することに。  つい最近までMitteのど真ん中である、Alexander広場のテレビ塔の近くに住んでいたので、自宅から...

最近プレンツラウアーベルグになんとか食い込んだ一角に引っ越した。昨日のベルリンは12月半ばとは思えないほど暖かくて快晴だったので、散歩がてら近所を散策することに。 


つい最近までMitteのど真ん中である、Alexander広場のテレビ塔の近くに住んでいたので、自宅から見えるテレビ塔の遠さになんとなく感慨深いものを感じる。

お昼の2時とは言え、4時前に日が沈むベルリンでは2時を過ぎるとすでに西日になる。丘の上に住んでいるからか、ベルリンが一望できて、ベルリンの空もこんなにも広かったのだと知った。


Gesunbrunnen駅から、Pankstrasseを抜けて歩いて見たのだけど、そこに広がるのはイスラム系の世界。トルコ系、アラブ系、それからパキスタン系に見える人たちの街。自分が一体どこにいるのかわからなくなる程だ。お店も音楽もそちらのものばかり。昔からトルコ人街と呼ばれてきたNeukollnやKreuzbergよりも、最近はこのWedding地域の方がよりイスラム人口は増えている気がする。  


ふと空を見上げてみると、Tegel空港から飛行機がひっきりなしに飛んでいた。ここは飛行場が近いんだなぁなんて思いながら、また歩いた。何も考えずにただ歩いていると、ふと友達のご両親が最近亡くなったことを思い出した。1か月前にお父さんを、そして昨日お母さんを。

2か月近くの間に両親ともを亡くした友達の心痛は計り知れない。本当に胸が痛む。

でもなんだか運命的だな、とも思ってしまった。ご両親はもう離婚されていたけれど、だからこそドラマチックでもあるというか。どういう事情で別れたのか私は知らないけれど、頭の中が空想ばかりの私はいろんなことを想像してしまう。本当に愛してたら一緒にいられる、ということもあると思うけれど、愛してるからこそ一緒にはいられなかった、ということもきっとあるんだろうなぁ。愛してるから一緒にいなくても大丈夫、ということもあるかもしれないし。

もうこの世にはいないスペイン男とフランス女の遠い遠い過去に思いを馳せる私だった。

この綿毛の写真と光の具合が儚くて好き。




上の写真は、こないだジャパニーズクリスマスマーケットに行った時に撮影したもの。

愛だねぇ・・・