犬を飼っている。正確に言うと、両親の住んでいる家で両親が犬を飼っている。もっと正確に言うと、私は犬を飼っていた。6年ほど前、私はその家で暮らしていたので、私も犬と暮らしていた。 彼の名前はサンちゃん。太陽のサンちゃん。  うちの犬が我が家にやって来た経緯は以前書いたので...

犬を飼っている。正確に言うと、両親の住んでいる家で両親が犬を飼っている。もっと正確に言うと、私は犬を飼っていた。6年ほど前、私はその家で暮らしていたので、私も犬と暮らしていた。

彼の名前はサンちゃん。太陽のサンちゃん。 


うちの犬が我が家にやって来た経緯は以前書いたので省くけれど、こちらに書いている。→http://amorestaaqui.blogspot.jp/2015/10/blog-post_16.html


今回私は1年ぶりに彼と再会したのだけれど、私を見て尻尾をはち切れんばかりに振る
我が家の犬を見て、私はショックを隠し切れなかった。 

なぜなら、彼のキラキラとした目の一つがベルリンの空みたいに白く曇っていたから。彼の左目は白内障という病気に犯されていた。 

まだ完全に左目が失明したわけではないので、左目でも私の姿は見えているのだろうけれど、きっと私の姿はもはやぼんやりとしか見えないのだろう。まだ病気に犯されていない右目で必死に私の姿を確認する様子はなんとも言えない。 

まだ私の臭いを嗅いで、私の足音を聞いて、舌で私の肌を感じることができることを幸いと思うべきなのだろうけれど、それでもいつも好奇心でいっぱいだった彼の目から光が消えていくことが悲しい。 

彼はまた、アトピー持ちでもある。一時期はいつも掻きむしって毛が抜け落ちて、最悪な時には血が出るまで体中を搔きむしることがあった。今は薬を処方してもらっているので、だいぶよくはなったものの、こんなにつらい思いをさせていることに、飼い主としては立つ瀬がない。

 



実家に滞在できる時はなるべく一緒に遊んだり、散歩に出かけたりしているけれど、最近の彼は昔みたいに元気がない。年を取ったと言えばそれまでだけど、背中を丸めて下を向いて隠れるように歩くのだ。昔は雄々しさと若さを前面に押し出して、威風堂々と歩いていた彼なのに。 

なんだかすっかり自信を喪失してしまった人のそれだ。

動物だって自分の毛並みが抜けてみすぼらしくなったり、羽根がむしり取られた状態では誇り高くいられない、と聞いたことがある。

彼に自信と誇りを取り戻させてあげにはどうしたらよいのだろうか。でも結局、この家から出ていった私にはもうそんなことを言う資格もない、なんて考えながら、大好きだよ、と言って真冬の寒空でバカみたいに遊んでいる。 

いろいろと書くべきことがあるのに、今日は何を書いてもだめで、そんな文章を人の目にさらすわけにはいかないので、今日書いた文章はお蔵入り。 でもそんな文章たちはドラフトに入れておく。時間が経って読み返してみると、この視点はいいなと思って、敗者復活することも珍しくないので、なるべく...

いろいろと書くべきことがあるのに、今日は何を書いてもだめで、そんな文章を人の目にさらすわけにはいかないので、今日書いた文章はお蔵入り。

でもそんな文章たちはドラフトに入れておく。時間が経って読み返してみると、この視点はいいなと思って、敗者復活することも珍しくないので、なるべく消さないようにしている。 

でもやっぱり何か書きたいので、何も考えずにこのブログを書いてみている。 

さて、今日は読書のこと。

本は私の人生!というくらい読書が好きだったのだけれど、ドイツに来てから、いろんな事情が重なって本をまったく読まなくなっていた。自分にそんなことが起こるとはまったく思ってなくって、自分が一番びっくりした。

好きなものへの情熱が無くなった、ということは思っている以上に悲しい。あんなに好きだったのに、もう情熱がないと自覚する時のあの虚無感。嫌いになったわけではない、好きじゃなくなったわけでもない。ただ情熱がないという状態なのだけれど、それって嫌いになるより悲しいことだ。 

でも最近また本を読む時間が増えてきた。自分が表現したいことを表現できないもどかしさに、もっと本を読んで勉強しなきゃ!と思ったことが自分を本の世界に戻した理由ではあったけれど、本を読んでると結局ただの文学少女に戻ってしまう。勉強とかじゃない、ただの読者だ。 


今回日本への帰国ですごく楽しみにしていることがいくつもあって、その中の一つが「本棚の整理」だった。ベルリンに持ち帰る分、日本においておく分、と整理をすることがたのしみでしょうがなかったのだ。昔読んでいた本をチェックすることにも胸がときめいた。 


時差ぼけから回復できていない1月4日に作業を始めた。まずはまた「読みたい本」、「もう読まなくていい本」に分けた。これで半分くらいは整理できたのだけれど、それでもまだまだ半分。到底ベルリンに持ち帰れる冊数ではない。

それから、ことあるごとに選考を重ね、現在5次審査でこの量に落ち着いている。 



電子書籍で読めそうな分、日独協会の図書館にありそうな分に関しては、日本残留。

そこでエッセイと外国人作家の翻訳小説が残った。大好きな本とまだ読んだことのない本、どちらもある。


もちろん、世の中は便利なサービスがたくさんあって、この本たちをすべてPDFに落としてくれるサービスがあることも知っているし、この本のうちキンドルで読める本もたくさんあることも知っている。

でも、私は本を破ってPDFになんてできないし、好きな本は手元に置いておきたい。今後はキンドルに移行しようと思ってはいるけれど、好きな本は結局書籍で購入すると思う。

それって所有欲だろうか、それとも目に見える思い出を残したいだけなんだろうか。 


でもまぁそんなことはどうでもいい。もっともっと本を読みたい。ずっと本を読んでいたい。今はまた情熱が戻ってきたことを喜ぼうではないか。  


先日20年以上一緒にいる友達が「あさになったのでまどをあけますよ」という絵本をくれた。 「この本を見つけて、絵美ちゃんを思い出して!」 と言って、わざわざ買ってくれたのだ。それだけで、泣けると言うのに、絵本の内容がまたいい。 世界中のどこか...

先日20年以上一緒にいる友達が「あさになったのでまどをあけますよ」という絵本をくれた。


「この本を見つけて、絵美ちゃんを思い出して!」

と言って、わざわざ買ってくれたのだ。それだけで、泣けると言うのに、絵本の内容がまたいい。



世界中のどこかに住んでる人が、朝起きて窓を開ける。そこからは、大好きな風景が見える。


ある人は、自然に溢れる山。ある人は賑やかな街の中。またある人は晴れているのに、雨が降っている風景。



「あさになったらまどをあけますよ」というシンプルな言葉に、やさしいながらも生命力に溢れた絵が次々と読み手にページをめくらせる。 一ページ、一ページめくる度に、舞台は山から都会へ、都会から川へ、海へと流れていく。

それぞれにそれぞれの人生があって、それぞれの好きな場所で生きている。 窓から見える風景が大好きだから、私はそこに住んでいるんだと教えてくれる。


忙しい日常にかまけていろんなことを忘れそうになるけれど、自分の好きな風景が、毎朝自分を待っているってすごく幸せなことだ。 





きみの大好きな街は晴れているかな? 


先日の投稿とは、日付が前後するのだけれど、1月4日に着物を着て、初詣へ行ってきた。 着物が大好きで、小さい頃は「毎日着物を着てすごす大人になりたい!」というのが夢だった。何を間違ってか外国に行ってしまったので、その夢は1年に一回の帰国の時に存分に堪能することにしている。...

先日の投稿とは、日付が前後するのだけれど、1月4日に着物を着て、初詣へ行ってきた。
着物が大好きで、小さい頃は「毎日着物を着てすごす大人になりたい!」というのが夢だった。何を間違ってか外国に行ってしまったので、その夢は1年に一回の帰国の時に存分に堪能することにしている。
今回私は紫の着物を選んだ。姉がヴィンテージの着物屋(昨日投稿したところではなく)で買ったもので、帯は骨董市(蚤の市のようなもの。たいてい神社で開催されている)で買ったものだ。
紫の羽織は、もう他界した祖母のものを拝借した。どうやら祖母はかなりの着物好きと見えて、彼女の和箪笥にはたくさんの着物が眠っている。
まだ祖母が生きていた頃、姉と二人で祖母の着物を見せてもらったことがある。
「おばあちゃん、素敵な着物をたくさん持ってるね!」と私が言うと、祖母は昔を懐かしむように「お母さんに、また着物ばっかり買って!もっと実になるものを買いなさい!とよく叱られていたけど、でもやっぱり着物ばっかり買っていた」と言っていた。
どの時代も若い女の子のファッションに対する情熱は変わらないんだなと祖母の若かりし頃を思った。 
着物に関して厳密に言うと、私の身長では祖母の着物やアンティークの着物は丈や袖が短い。でもフォーマルな場所以外での着用はあまり気にしないで着ることにしている。スーパーコンサバティブで、服の着こなしにはとても厳しかった祖母だけれど、彼女の大好きだった着物を箪笥に眠らせておくよりはきっと喜ぶだろう。 
さて、今回は佐賀在住の友達と、大阪から帰省している友達と3人で佐賀巡り。 
1人は急きょ参加だったので、着物をレンタル。こちらで借りれるようです。
<よそほひ処 二葉> (旧久富家住宅内)
佐賀県佐賀市柳町4-16-201 旧久富家2階
営業時間 11:00~17:00
店休日 月曜日、年末年始
予約受付 080-8356-3440
私たちの街歩きもここからスタート。ここは長崎街道と呼ばれる街道の近くにあり、今でも江戸時代頃の姿を残した、大変趣のある場所である。まずは、今は「佐賀市歴史民俗館」と呼ばれるレンガ造りの洋館「旧古賀銀行」。 
それから、旧牛島家。
下の写真は、古民家の中に入っている紅茶屋さん。古民家再生プロジェクトにより、オープン。 
古い建物をこういう風に活用してくれていることはとてもうれしい。 
<和紅茶専門店 紅葉(くれは)>(旧森永家住宅内)
佐賀県 佐賀市柳町4-7
営業時間 11:00~18:00
定休日 月曜日、火曜日
0952-37-6718
この辺一体は古い建物が密集していて、とてもフォトジェニック。鍋島緞通という高級感溢れる(というか、とても高級)絨毯を織る作業場なども見学できるし、カフェなどもある。
下の写真は道すがら、パシャリしたもの。佐賀のシンボルであるムツゴロウのマンホールと。食べたことはないけれど、ムツゴロウは郷土料理でもあるらしい。  
このあたりは、3月の「佐賀城下ひな祭り」に来ると通常に増して雰囲気が出るのでおすすめだ。 
が!
佐賀市のサイトを見てみると、佐賀城下ひなまつりが到底素敵なイベントとは思えない。これ→http://www.sagabai.com/main/844.html 
こういうところが、アピール下手・・・。

お腹が空いたので、カフェを探すもどこもかしこもまだお正月モードで閑散としている。6年間外国に住んでいると、日本のお正月制度をすっかり忘れていて、ドイツでは大晦日と元旦が終わればお正月気分が抜けるので、日本の4日までお休みの制度に少しびっくりした。

でもこんな時じゃないと日本は休めないので、ゆっくり休んでほしい。 
ちょっと移動して、佐賀レトロ館に行くもレストランは時間外…。

<佐賀レトロ館>
佐賀県佐賀市城内2-8-8
営業時間 カフェ 11:00~17:00 レストラン 17:30~22:00 (OS)
定休日 月曜日、火曜日
0952-97-9300
お腹が空いたまま、佐賀城跡へ。


残念ながら、佐賀城は江藤新平が起こした佐賀の乱で建物の大半が破壊されてしまったらしい。写真は、佐賀城の門。

佐賀の乱で消失、というのがドラマチックであり、失われたものの方が想像力を掻き立てられるけれど、一度でいいから見てみたかったなという思いがする。それはとても美しい城だっただろう。  
今は佐賀城本丸歴史館で佐賀城の歴史を知ることができる。
<佐賀城本丸歴史館>
佐賀市城内2-18-1
営業時間 9:30~18:00
休館日 年末(12月29日~31日) 
入館料 無料
ここでやっと本来の目的である初詣にやっとたどり着き、お参り。 
が、佐嘉神社は参拝客が多すぎて、挫折。同じ敷地内にある松原神社へ参拝した。所要時間、10分(笑)。久しぶりの神社なので、本気でお願いする姿は自分でも怖い。 
で、最後に近くのカフェでやっとお腹を満たすことができた。ここは県立図書館の中にあるDays kitchenというところ。
<Days kitchen>
佐賀市城内2-1-41 佐賀県立図書館1F
営業時間 11:30~18:00
定休日 日・祝・図書館休館日
0952-28-2533
以上、佐賀で過ごすレトロな1日でした!

今日本へ一時帰国の真っただ中である(6年ぶりのお正月だった!)。実家は知名度のまったくない九州の佐賀県にある。 昔なんという番組名か忘れたけれど、うっちゃんなんちゃんのコメディーを見ていると、熊本出身のうっちゃんが佐賀県のことをネタにしていた。 「ヨーロッパで言えば、ルクセ...

今日本へ一時帰国の真っただ中である(6年ぶりのお正月だった!)。実家は知名度のまったくない九州の佐賀県にある。
昔なんという番組名か忘れたけれど、うっちゃんなんちゃんのコメディーを見ていると、熊本出身のうっちゃんが佐賀県のことをネタにしていた。「ヨーロッパで言えば、ルクセンブルク的存在」と言っていたのだけれど、まさにその通りの地味~な県です(ルクセンブルクに失礼)  
そんな地味な県・佐賀県の魅力を伝えていきたいと思っているのが、このシリーズ(?)。佐賀に来たことない人が佐賀の魅力を知るとともに、佐賀に住んでいる人が佐賀の良いところを再発見できればいいなと。 
と、言うのももちろん本心ですが、どちらかと言うと私がこれを書くのは、長年ずっとずっと嫌いでしょうがなかった故郷を見つめ直したいという気持ちがあるから。
さて、そんなわけで佐賀。観光名所も実はいろいろあるし、いろいろおすすめはあるのだけれど、今回は佐賀に帰ったらやりたいことを詰め込んだ「佐賀での1日」をご紹介することにします。
まずは、酒屋さんにお酒を買いに。九州なのに、なぜ焼酎ではなく日本酒?と思われた方。北部九州は焼酎文化でなく、日本酒文化なんですよ。なので、佐賀は酒蔵もたくさんあるんです。 
今回伺ったのは、佐賀県佐賀市鍋島町にある「旭屋」さんという酒屋さん。佐賀のお酒を中心に扱ったこちらのお店は、天保4年頃(江戸時代、1832年)に建てられ、現在でも当時のままの姿を残しており、まるでここだけタイムスリップしたかのよう! 
中に入るとずらりと並んだ日本酒たちと大切に扱われてきたであろうアンティークの家具たちがお客さんを迎えてくれる。
店主の方とそのご子息が店頭に立たれていて、本当に丁寧な接客をして頂いた。現在ドイツに住んでいて、できればドイツに数本持ち帰りたいと思っていることを伝え、日本人以外でも飲みやすい日本酒を一緒に選んで頂いた。
こちらが佐賀の精鋭たち。  
今回、一本一本紹介はしないけれど、とにかくボトルが恰好良い。ザ・ジャパン!という感じで私のタイプである。

甘口、フルーティー、さっぱり、すべて網羅して購入してみた。
最近は若い人でも飲みやすく、洋食にも合うことから国外にも輸出している数が増えているのだそう。将来、佐賀のお酒をドイツでも見ることができるかと思うとなんだかワクワクする。
佐賀県佐賀市鍋島町大字蛎久1185
0952-20-2234
営業時間: 9:00 ~20:00 
https://asahiyasaga.wordpress.com/about/
で、次に行ったのは、西海岸という古着屋。福岡県大川市に本社を置くこの古着屋はびっくりするほどの品ぞろえ!アメリカの西海岸の古着屋はこんな感じなのか、と思いを馳せて・・・は、ない。大きく出たな、とは思ったけれど。  
西海岸  (数店舗あり) 
http://nisikaigan.com/

お次。
西海岸からちょっと行ったところにある「リサイクル屋・鍋島」。ベルリンの蚤の市的な感じの雑多な感じなのだけれど、なかなかの掘り出し物がある!運がよければ、アンティークの棚なんかが破格のお値段で手に入るかもしれない。 

私は茶卓を購入。赤い茶卓はケーキ用のお皿として使うつもり。まさかの80円。 
リサイクル屋・鍋島
佐賀県佐賀市鍋島町大字八戸3074
0952-37-9981
このへんで、お腹が減ったので、この辺で昼食を。30歳すぎたら断然和食がいいので、櫓庵治(ろあじ)さんへ。
とても日本的な建物内で食べる和食は最高。写真をご覧頂いたらおわかりいただけるように、お料理がとっても美しい…!こういうところが日本食の神髄と言えましょう。お刺身がこんなに美しく変身するなんて、料理人ってすごい…!
佐賀県内に数店舗あり、東京の銀座にも出店されているみたいです。また、豊富な日本酒の品ぞろえなので、ディナーもおすすめです。 
http://www.roaji.co.jp/
佐賀市内の住所はこちら
佐賀県佐賀市神野西4-10-16
営業時間. ランチ 11:30~14:00(OS) 
ディナー 17:30~22:00(OS)
定休日. 不定休(2ヶ月に1回休み)
0952-36-5060 
お腹が満たされたところで、最後にアンティークの着物を探しに!
私の後ろに並べられているだけではなく、お店全部にお着物が敷き詰められていて、まさに宝庫…!状態も良く、着物を着てみたいけど、持っていない!という方にはおすすめ。  

この紫が憎い!そしてまさかの1000円(税抜き) 
新古賀 
住所 : 佐賀県佐賀市松原3-3-34
営業時間 : 9:00~21:00
休業日 : 第1・第3・第5木曜日
 0952-22-7298  

以上、観光客にはあまり参考にならないであろう、佐賀で過ごす1日でした。

約1年ぶりに実家に帰ってきている。九州地方はお正月から驚くほどの快晴で毎日ぽかぽかと暖かい日が続いている。ベルリンは-7度、体感温度-11度と聞いているから、今から帰るのが恐ろしい。 実家のお座敷の縁側には暖かい日差しが惜しみなく入ってくる。母がインテリ...




約1年ぶりに実家に帰ってきている。九州地方はお正月から驚くほどの快晴で毎日ぽかぽかと暖かい日が続いている。ベルリンは-7度、体感温度-11度と聞いているから、今から帰るのが恐ろしい。

実家のお座敷の縁側には暖かい日差しが惜しみなく入ってくる。母がインテリアに、と置いた地球儀が太陽の光を浴びて少しだけ色が剥げかかっている。 

 
その地球儀は、私が10歳の時の誕生日プレゼントに買ってもらったものだ。

その頃我が家にはドイツ人の留学生がステイしていて、「ドイツってどこにあるの?」と聞いた私に父と母がプレゼントしてくれたのだった。

その地球儀というのがとても洒落ていて、普通の地球儀の斜め下に天体球儀もついているもので、子どもの好奇心を無限に刺激してくれる優れものだった。 

父は「ここが絵美が住んでいる日本で」と日本を指さした後、ユーラシア大陸をずっと指で追いながら地球儀を動かして、「クリスティーナが住んでいるのがここだよ」とドイツの上で指を止めた。

ドイツ。真新しい地球儀で私が最初に調べた国が、今住んでいる国になろうとはその当時夢にも思っていなかった。  

その頃、すでにドイツは東西統一してから数年経っていた。しかし留学生たちは自分たちの国のことをまだ「西ドイツ」と呼んでいた。地球儀には「西ドイツ」という国はもはやなく、私にはそれが不思議だったけれど、説明されたとしても10歳の子どもには到底理解できないことだっただろう。私には、知らないことがたくさんあった。 
 

ドイツだけではなく、父の指の下には私の知らない国もたくさんあった。

父の指がいろんな国を横切って行く度に自分もそこを旅行している気分になったのか、それとも知らない世界が広がっていたことがうれしかったのかわからないけれど、とにかくすごくドキドキした。

想像の中で、私はたくさんの国を旅行した。大韓民国、中華民国、モンゴル、日本からドイツまでのそれから覚えきれないほどのたくさんの国々。私が今飛行機でひょいと出かける距離を、私は10歳の時に初めて旅行したのだ。  


それから私は毎日地球儀を眺める子どもになった。地図の上で旅行ができる人になった。正直に言って、それは今でもあまり変わらない。 

ここにも行きたい、あそこにも行きたい!どんな世界が広がっているかなと想像するのが、田園に囲まれた放歌的な場所で私が生き延びる唯一の手段だった。「想像」というのは味方につければ本当に頼もしい人生の友だ。


私は今でもよく旅行に出かける。私が旅行に行く動機はいくつかある。1つ目は自分の知らない、憧れていた世界を自分の目で見るため。2つ目はいつ死ぬかわからないから、なるべくいろんなところを見ておきたい。それから3番目は、10歳の時の私の夢を叶えてあげるため。 

それは誰かにとったらただの欲かもしれない、叶える価値もない小さな夢かもしれない。それでも私はあえて「夢」と表現したい。 

私は小さな夢を叶える時の瞬間が好きだ。その時のときめきは10歳の頃のそれと何も変わらない。やっぱりドキドキする。 


人生が終わる時、私は自分に「たくさんの夢を叶えてくれてありがとう」と言いたい。それもまた、私の小さな夢の一つだ。